続 音の生まれる場所(下)
「…ねぇ、さっきのユリアさんの涙…変だったね…」

人混みが吸い込まれる搭乗口を見つめたまま、彼に声をかけた。ずっと肩を抱かれてるのも忘れて、二人で立ち竦んでた。

「うん…」

ゲートの向こうを見つめたまま、短い返事がある。その横顔を見ながら、ひょっとして…と思った。

「理さん…ユリアさんに告白でもされたの…?」

まさかね…と冗談半分のつもりだったのに…。

「…昨日の夜、いきなり工房に来て『SAMが好き!』って言われた…」

ビックリして目が丸くなる。彼がこっちを向いて、小さく笑った。

「ジョークだと思ったから『はいはい』って軽く受け流したんだけど…なんか、さっきの感じだとマジっぽかったから…」

手を放す。見せつけるように、わざと肩抱いてたんだ…。

「ユリアさん…レオンさんと結婚するんでしょ⁉︎ 」

なのに、何故…と聞きたくなる。彼が背中を向けて歩き出す。その後ろを慌てて追った。

「そうだけど…レオンの奴…ちょっとクセが悪くて…」

言いにくそうな感じ。後ろから顔を覗く。きゅっと縛った唇が開く。その言葉に、思わず絶句したーー。


「…他の子に…すぐ手を出すんだ…」

床を見つめたまま歩く。その後ろで、声も出せずに固まった…。


「ユリアが日本にいる間も…きっと同じことしてると思う。だから彼女は心配で…毎日、気が気じゃなかった…」

「…毎日考えてた…って、そういう意味で…?」
「うん…」

暗い顔してる。大事な友人の事を、こんなふうに話さなきゃならないなんて。

「…ユリア、結婚するのを悩んでた。だから日本に留学したんだ…」

留学中、レオンとのことを考えたかったんだろう…と、彼は言った。

黙って歩く背中を見つめる。
ドイツにいた頃、彼自身も女性達と遊び暮らしてたことがある。それを思い出した…。

「…理さん」

声をかけながら、シャツの裾を握った。

「前に…レオンさんにしつこい子との間に立ってもらったって…言ってたよね…」

手が震える。考えたくないけど、真実が知りたい…。

「それって…レオンさんに女性のこと任せた…ってこと?」

ギュッ…と握りしめる。
ユリアさんという彼女がいるのを知りながら、他の子を任せるような事をした…?

歩いてた彼の足が止まる。答えを待つ。その時間がすごく長かった…。

「…相談したら…『何とかしてやる』って言われたのは事実……でも…」

クルッと振り返る。その瞬間、彼の目を見た。

「ユリアの恋人だとは知らなくて…。レオンは…自分はフリーだから…って、いつも言ってたから…」

彼がその真実を知ったのは、真剣に修行を始めてから。
父親にレオンを紹介してるユリアさんを見て、ようやくウソだと気づいた。

「ユリアの為にも、女遊びはやめろと何度も言った。でも…レオンは聞かなくて。だから日本に来た時も…真由子を紹介するのは、本当は嫌だった…」

初めてユリアさんに紹介された日、レオンさんからも会わせて欲しい…と頼まれてたそうだ。

「…あいつは口が上手いから…真由子を誘いかねないと思って…」

目を見たまま話してくれる。その言葉がウソじゃない…と言ってるみたいだった。

「公演の日なら時間が短くて済む。そう思って…あの日にした…」

シャツを握ってる手を放し、彼が手を包む。こんな優しい手をした人が、ウソをついたりする筈がない…。
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