らぶ・すいっち





「お祖母さんはいませんよ?」
「い、い、いませんって……」


 呆然と順平先生を見上げると、彼はふんわりと優しく笑った。

 そんなふうに笑いかけられると、どう対処したらいいのかわからない。
 順平先生は意地悪だ。しかし、意地悪なことばかりしたかと思えば、こうやって人の心を盗んでしまうほど優しい笑みを浮かべるのだからたちが悪い。

 だから、だから私は……順平先生のことが気になって仕方がなくなるんだ。

 最初は役立たずで料理オンチの生徒、それを目の敵にして意地悪なことばかりいう講師。
 そんな間柄だったはずだ。

 明らかに関係が変わったのは、英子先生の誕生日プレゼントを選んであげた日からだった。

 あの日以降、順平先生は個人レッスンをしてくれて、私に手取り足取り料理のいろはを教えてくれた。
 その個人レッスンは、なんだか甘すぎてドキドキしちゃうほど親密なレッスンだった。

 時折意地悪なことを言って私をからかうくせに、甘い笑みを浮かべて心にダイレクトに来るような優しい言葉をかけてくれる。

 そのギャップに私は……いつのまにか落とされていた。

 今、この場には私と順平先生のふたりきりだ。今までだって二人きりで個人レッスンをしていたし、今日だって二人きりで講演会にも出席してきた。
 だけど、この状況は今までで一番二人きりということを意識してしまう。

 順平先生は黙りこくる私の腕を掴み、強引に家に上げようとする。
 慌ててハイヒールを脱いだ私は、カツンとハイヒールが落ちる瞬間。順平先生の腕の中にいた。

  
「お祖母さんは、お昼ごろから友達と旅行に出かけています。明日の夕方まで帰ってきません」
「え?」
「大丈夫です。教室は私が代行することになっていますから」
「いや、その心配はしてませんけど」



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