らぶ・すいっち





「美馬先生は、本当動揺しているところを見せないですよね」


 とは、いつもお世話になっている編集部の面々の言葉だ。

 確かに私は感情をあまり外には出さないかもしれない。面白みがない男だと言われるのはこういうところが原因なのだろう。
 昔からの友人は私のちょっとした仕草で分かってくれるが、浅い付き合いだと見分けることができないらしい。

 先日、須藤さんを連れて雪見亭に行ったが、そこの店主は私の変わりぶりを大層喜んでいた。
 いや、あれは喜んでいるというより面白がっていたと言ったほうが正しいだろうか。


「先日は本当に楽しませてもらったよ。その後、彼女ちゃんはゲットできたわけ?」


 そんな確認の電話が店主からかかってきた。もちろん功労者のひとりである店主にはうまくいった旨を話した。
 だが、電話を切る際に店主から注意事項を言い渡された。その言葉は、今だに納得がいかない。


「なぁ、順平先生。お前日頃から一途すぎるところがあるから気をつけろよ。今まで恋愛に淡泊だった分、俺は心配で仕方がないぜ。彼女ちゃんに逃げられちまうぞ?」


 無言のままで返事をしない私に、店主はブハハハッと豪快に笑った。


「でもまぁ、あの彼女ちゃんならそんな素の美馬順平を受け入れてくれるかもな。……いや、受け入れざるを得なくなるかな?」


 ニシシシという意味不明かつ不気味に笑った店主に一方的に電話は切られてしまった。
 反論しようとしたのに勝手に切るとは。相変わらずの店主の様子に苦笑いしかでてこなかった。


「あ、美馬先生。スマホ鳴っていますよ?」
「ああ、本当だ。スミマセン、ちょっと休憩してもいいですか?」


 丁度調理も一区切りついたところだったので、スタッフに断りを入れ、私はテーブルの上で震えながら鳴るスマホを手にした。
 ディスプレイに映る文字は、愛しい人の名前。半年前には、こんな感情すら浮かばなかったのに人間というのは不思議なものだ。
 私はスタッフがいる部屋では落ち着いて話せないだろうと思い、誰もいない廊下に出た。



< 166 / 236 >

この作品をシェア

pagetop