らぶ・すいっち





「呼び捨ては、ここぞという時に使おうかと」
「え?」
「いえ、なんでもありません」
「何でもないっていう感じではなかったです。聞こえなかったので、もう一度言ってください」


 無理です、と笑顔で応えると、ますます彼女の眉間に皺が深くなる。
 さすがにこれ以上苛めると、拗ねてしまって笑顔のひとつも見れなくなってしまう。

 それでは私の楽しみは半減してしまいます。
 私はそれとなく話題をすり替えることにした。


「それよりお茶にしませんか? このお店の茶葉はどれも美味しいですよ?」
「なんか誤魔化された感じがしないわけでもないんですが」
「じゃあ飲まないんですか?」


 いいえ、いただきます! と慌てて首を振る彼女。同時に黒髪も揺れ、その艶やかさに我慢ができなくなって一房手にとり、唇を寄せた。

 最初は何が起こったのか理解していなかった京は、きょとんと不思議そうに首を傾げていた。
 だが、やっと状況を把握したのだろう。ボンと音を立てたように真っ赤になった。

 首まで真っ赤だが、大丈夫だろうか。私は思わずクスクスと笑いを零してしまった。

 
「先生! こういうところではやめてください!」
「こういう所でなければいいのですか? では、お茶は後日にして二人きりになれる場所に」
「そういう問題じゃないです!! お茶……そう、お茶飲みましょう! 順平先生」


 私の腕を掴み、早々と店の中に入ろうとする京の耳元で小さく囁いた。


「言ったはずですよ?」
「え?」
「料理の授業ではないときは、“先生”は不必要だと」
「っ!!」


 カチンと固まり、その場から動かない京に、私は追い打ちをかけた。


「ねぇ……京?」
「っ!!!」

 ギギギッとさび付いたブリキのオモチャのような動きをしたあと、涙目で私を睨む彼女。

 そんな瞳で私を見つめたりしたら、もっと大変なことになるということにいつになったら気がつくのか。
 フッと笑いを零す私に、京は口角を下げる。



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