らぶ・すいっち





「ねぇ、京ちゃん」
『なんですか? 順平先生。それより仕事大丈夫なんですか? 先生は忙しいんだから、私より特に体調には気をつけておかないと!』
「……」
『私は大丈夫だって言ってるでしょ? たまには家に帰ってゆっくり……あ、チャイムがなった。誰かな?』


 確かにチャイムの音が聞こえた。そのあとピッという電子音が聞こえたから、京がインターフォンのディスプレイを見たのがわかる。

 だが、次の瞬間。京は突然慌て出した。


『じゅ、順平先生。とにかくもう大丈夫ですから。今日はうちに来なくてもいいですからね』
「いえ、行きますよ。もう食材も買って」
『いえいえ、それは英子先生と食べてください。では、また連絡します!』


 私の返事など聞かず、一方的に切れた電話。呆気にとられてスマホを握りしめたまま立ち尽くしてしまったが、明らかに京の様子はおかしかった。

 それも突然の来訪があってからだ。京のアパートにきた人物は一体誰なのだろうか。
 あの慌てぶりでは、きっと私には内緒にしておきたい人物だと考えてもおかしくないだろう。

 では一体誰だというのか。

 もしかして、元彼氏だというあの編集部の男だろうか。
 もし、そうなら私と鉢合わせさせることは、京としては避けたいことだろう。
 笑顔で静かにイヤミの応酬をすることは目に見えている。

 いやしかし、京にあの男はすっぱり振られたはず。そんな男が未練がましく京に迫ってくるだろうか。
 あの男じゃなければ、デパートのフロアチーフだか主任だかが押しかけてきたのだろうか。

 いやいや、京はアプローチされていることに気がついていないという情報だから、まさかそんな男に自宅の住所を教えるわけもない。
 でも待て。アプローチされていると気がついていないから、安心して住所を教えたという可能性も捨てきれない。
 と、いうかそちらの線の方が強い気がする。

 たっぷり食材が詰まったスーパーの袋を持ち、私は思わず挙動不審な行動をとってしまう。

 撮影スタッフに今の私を見られたら、目を丸くして驚かれることだろう。
 なんでも私は、何事にも動じないなんて思われているようだから。




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