らぶ・すいっち






「京香」
「なに? お父さん」
「お前、今付き合っている男はいるのか? 少し前に母さんが見合いをさせるとか騒いでいたが」
「あ……」



 すっかり忘れていた。合田くんの件で一悶着があったが、その後お母さんに順平先生と付き合い出したことを言い忘れていた。
 一番肝心な人に言っておかなければ、次から次に刺客が送られてくるだろうと懸念していたというのに、私は肝心なところで大きなミスをしていた。
 お母さんにそれとなく付き合っている人がいると言っておけば、お父さんを黙らせることもできたというのに。

 今回、早くに順平先生のことを報告しておかなかったから、こうしてお父さんは私を説得しに来てしまったのだろう。
 仕方がない。お父さんにはきちんと話をしておかなければ、今後も大野さんとの縁談を進めてくることだろう。

 ジッと私を見つめているお父さんに正直に話すことにした。


「あのね、お父さん。私……今、付き合っている人がいるの。だから、大野さんとのことや実家を継ぐ話はなしにしてもらいたいんだけど」
「……その男とは、結婚するのか?」
「えっと、それはちょっと……まだわからないけど」
「なんだ? その男は、いい加減な気持ちでお前と付き合っているというのか」
「そうじゃないんだけど、付き合い出してすぐだし。そういう話はまだっていうか」


 それらしいことを匂わすことがある順平先生だけど、きちんと二人で話したわけでも、約束したわけでもない。
 なにしろ付き合い出して日は浅いのだから仕方がないだろう。

 そう何度もお父さんに言うのだが、聞く耳持たず。
 相手の男とは早々に別れろ、家に戻ってこいと相変わらずの暴君気味。

 これはお母さんに連絡して、なんとか事態を収めなければと考えていると、インターフォンのチャイムが鳴った。

 今日はなぜか来客が多い日だ。お父さんとの言い争いを一時中断して、私はインターフォンの通話ボタンを押した。






 
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