恋の治療は腕の中で
ついこの間まで人が住んでいたとは思えない位酷い有り様になっていた。

それじゃあ、終わったらまた家に寄ってもらえるかしら。

「はい。わかりました。」


靴のまま部屋に入ると焦げた臭いと湿気でカビ臭い。それでもほとんどのものは乾いていた。

私はまず本棚を見た。私の好きな作家の本や歯科衛生士の学校へ行っていた時の教科書など、どれも私の大切な思い出だ。それらは水でふやけてどれも持って帰れそうになかった。

一番下の開きのをあけるとアルバムがあった。私が取るのを躊躇していると悠文がさっして代わりにとってくれた。


「ありがとう。」


恐る恐る受け取り開いてみると


あっ!


大丈夫だ!


開きの中にあったおかげであまり濡れずにすんだのだろう。

このアルバムには唯一家族で撮った写真が貼ってある。私はこのアルバムでしかお母さんの顔を知らない。


お父さんとその横で赤ちゃんを抱いて幸せそうに笑っているお母さん。この赤ちゃんは、もちろん私だ。

「良かった。」

アルバムを抱き締めながら私は無意識にそう呟いていた。


「紗和。そんな泣き方したら辛いだろ?」

私は口に手をあてて声を殺しながら肩を震わせて泣いていた。これがいつもの私の泣き方だった。


悠文はそんな私を包み込むように抱き締めてくれた。

あ~なんでこの人が側にいるとこんなに安心するんだろう?

私は悠文に体を預け声を出して泣いていた。

暫くして落ち着いてきてから他にもないか探してみた。水浸しになったとはいえ通帳は銀行に行けばなんとかなるのではないかと言うことで通帳と銀行印と実印などを持って後は処分してもらうことにした。

大屋さんの家では、処分する許可証と保険の書類にもサインをして別れた。


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