あたし、『魔女』として魔界に召喚されちゃったんですが。
〈お前なら、大丈夫だ。 それにこうやって緊張を解す為に外に出てきたんだろ? 堅苦しいことは今は忘れてのびのびしようぜ〉
「そうだね」
そのとき、少女の前に小さな魔方陣が現れた。
少女がそれに指先で触れれば、魔方陣は光を放つ。
そして次の瞬間。
『お前はどこまで行っている!』
凄まじい勢いの男性の怒鳴り声が魔方陣から飛び出した。
「ちょっと〈千年霊木〉のあたりまで……」
『街の中央まで行っているじゃないか!』
「ご、ごめんね。 すぐ戻る!」
返事を返し、魔方陣が掻き消えたことを確認するやいなや、何もない空間に魔方陣を展開する。
その中に飛び込むと、瞬時に景色が青色の空から黒を基調とした大理石の壁と天井に変わった。
城へたどり着いたあたしは、箒を赤髪の少年に戻し、先程の連絡主の元へと急いだ。
「──遅いぞ」
豪華な装飾で飾られた扉の奥──王座の間で立ってこちらを見ている王子様。
「待ちくたびれた」
「ごめんって」
「ついつい遠出させちまった俺の責任でもある。 すまん」
二人で謝れば、王子様はふんっと鼻を鳴らして眉を顰めた。
「これから戴冠式だっていうのに。 お前がいないと始まらないだろう」
「だからそれは……」
「それに、俺を置いて二人で出かけているし……」
どうやら、王子様は寂しかったらしい。
「本当にごめんね」
この人、こんな性格だったっけ?
こんな風に駄々をこねるなんて……。
昔の彼からは想像もつかない。
「まぁいい。 戴冠式が始まる」
時間が迫り、彼の表情は、王子様のそれとなる。
その隣に並び、魔方陣を呼び出すと、アカシを召喚した。
「頼んだぞ、〈魔女様〉」
王子様に手を取られ、恭しく跪かれる。
そして、その手の甲に優しく口づけを落とされた。
この人はこれからこの国の王となる王子様で。
こんなの、人に見られたら本当はダメなんだけれど。
慌てて辺りを見回すけれど、そこにいたはずのシュガーはどうやら既にこの部屋から消えていた。
多分また食堂につまみ食いをしに行っているだろう。
今は誰も見ていないから、できる行為。
王子様は立ち上がると、そのまま掬うようにしてあたしの唇に己のそれを重ねる。
その最中、長くて綺麗な指が、あたしの頭の頂点から毛先まで滑り、頰へと滑ってゆく。
唇が離されるとその夏の空色の瞳を見つめ返し、柔らかく微笑んだ。
「──こちらこそ」
これからこの王とこの国で新たな時代を築く者──。
そう。
あたしは創世の魔術師
『魔女』
あたし、『魔女』として魔界に召喚されちゃったんですが。
【完】