暗闇の恋
こっちに着いてから何度歩に電話をしても歩が電話に出る事もなく家に着いた。
生徒たちのコンクールで地方に出てたけれど、歩に会いたさからもう一人の先生に任せて帰ってきた。
その人は俺と歩の先生だった人で、俺たちのことも知っていて応援してくれてる一人だった。
「歩ちゃん待ってるんでしょ?あとはいいから先帰ってあげなさい。」
と、言ってくれたのだ。
なのになんで歩は電話に出ないのか…何かあったのか?
まさか事故?
家に着いて落ち着かない時間を過ごした。
インターホンがなったのは、俺が家に着いてからたった5分程経った頃だった。
1時間以上に感じた。
急いで玄関向かってドアを開けた。
そこには歩が立っていた。
いつもの歩の感じではない。
まるで別人の様な表情をしている。
何かあったのかと問いただすも首を横に振って無言のままだった。
とりあえず家に入ろうと歩の腕を引いたけど歩はその俺の手を止めた。
俯いたままの歩が想像もしない言葉を発した。
「結婚まで…しないの?」
正直戸惑った。
ホテルで拒まれて、結婚を決めてから歩とそうゆう関係になるのは焦ることないと…むしろ結婚してからでもいいと思っていた。
それを歩は見透かした。
けれどそれがどうしたって言うんだ?!
言葉に詰まると歩は「やっぱり…」とボソッと言った。
今度はさっきより強く歩の腕を引いた。
いつもと違う歩に戸惑ってしまう。
歩は精一杯の想いをぶつけてくる。
でもこんなの望んでない。
何があったかわからないけど、今日の歩はいつもの歩じゃない。
帰るように促して冷たく歩を突き放した。
すると歩はワンピースのボタンを外し始めた。
慌ててその手を止めた。
歩は自分が子供だからと言った。
そんな事関係ないと何度も言ったのに、歩は言葉では安心できないのかと…気付いてやれなかった自分に憤りを感じた。
なのに歩を怒鳴りつけてしまった。
体を少し強張らせた歩の肩が震えた。
少し冷静になって「こんなことしちゃダメだろ」と言うと歩の瞳から涙が溢れ落ちた。
俺も覚悟を決めなきゃいけないと思った。
6歳も下の16歳になったばかりの女の子が…好きな女にこんな事言わせて男として情けないだろう。
歩の長く綺麗な黒髪に触れた。
耳元で囁いた。
「おいで。」
そう言って歩を抱きかかえた。
想像よりも歩の体は軽くて、華奢に思えた。
ベッドに寝かせた歩の体は今までで一番綺麗に見えた。
歩の全てを知った今幸せに満ちている。
愛する人と一つになれるという事がこんなにも満たされる事を歩は教えてくれた。
俺ってバカだな…涙が溢れてくる。
全てが気持ち良くてたまらない。
歩が泣いてる。
少し焦った。
痛くしたのかと聞くと違うと言った。
そのまま言葉を続け歩は何度も何度も俺の名前を呼び好きと繰り返した。
クーラーをつけそびれた部屋は暑く、歩の体を伝う汗がキラキラして一層綺麗に見える。
必死に俺にしがみつく歩の手が愛おしい。
体に着いた爪の痕がこのまま消えないで欲しいと思えた。

優しくしよう決めていたのに欲望が勝ってしまった。
歩がぐったりしてるように思えた。
急いでクーラーをつけた。
ひんやりとした風が当たると汗が引いていく。
歩に優しく出来なかったことを謝ると大丈夫だと言って体を起こした。
そして「ありがとう」と言った。
愛してくれて、ありがとうと…。
また胸が熱くなる。
晩御飯は一階に行くと言った歩をまた抱えておりた。
歩は重くないかと心配したけど、なんてことなかった。
歩が泊まることになり、お風呂を沸かした。
歩は晩御飯を終えると、すぐにお風呂に入ってすぐ寝てしまった。
俺はなかなか眠りにつけなかった。
興奮がまだ覚めないでいる。
ずっと好きだった女の子と深い関係になれた喜びで眠気がこない。
歩は小さな寝息を立て寝ている。
初めてのことだらけに、心も体も疲れたのかもしれない。
歩の寝顔を見てるだけで時間が過ぎていく。
不意にサイドテーブルに置かれた歩の携帯が着信を知らせる音を鳴らした。
時計を見ると深夜12時を回った頃だった。
もしかしたら、歩のお母さんかもしれないと思った。
なら歩を起こさず俺が電話に出ればいい。
サイドテーブルに手を伸ばして携帯を手に取った。
ディスプレイに《八雲 郁》と出てた。
なんだ、おばさんじゃないんだと、携帯を元に戻す。
同時に着信音が途切れた。
歩の友達だろうと思った。
しばらくして一人の存在を思い出す。
歩から一度だけ聞いた名前だった。
以前歩が片想いをした相手だと思い出した。
歩に障がい者だからと突き放す言い方をした相手だ。
時間が経つにつれて歩に聞かされていた過去を思い出す。
あの時改札で見た男だ。
でも、どうして?
その相手がこんな時間に歩に電話をかけてくるんだ?
歩となんの関係があるんだ?
歩は関係ないと言っていたのに…。
これで俺の徹夜が決まった。
気になって寝れるわけがない。
電話はあの一回きりで再び鳴ることはなかった。
携帯を見てしまえば答えがわかるかもしれないけど人として、してはいけないことだと自分に言い聞かせた。

朝になって歩が起きた。
電話があったことを俺は歩に言えないまま昼前に歩は帰って行った。
自分の弱さが嫌になる。
なんてことない事と思って言えばよかったのだ。
それからずっと俺は聞けないまま歩と月日を重ねた。
夏の暑さが和らいできた頃だった…歩と腕を組みながら親しげに歩く八雲の姿を見たは…。
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