暗闇の恋
郁との恋が終わりを迎え私は疎かにしてしまっていた、ピアノに没頭した。
虎ちゃんは何も言わず何も聞かず、私のサポートに徹底してくれた。
高校三年生になる頃、私の夢は世界に目を向けたピアニストになっていた。
虎ちゃんに言うと、支えになると…。俺の気持ちはあの頃から変わっていないと言ってくれた。
その気持ちに答えを聞くことはなく高校卒業までピアノの先生として接してくれた。
卒業を迎えた日。
「俺は今までもこの先も、歩の支えになりたいんだ。ピアノでも人生でもパートナーにしてくれないか?」
と、言ってくれた。
私は虎ちゃんの優しさを受け入れた。
郁のことは、忘れられないでいる。
あんな別れ方したこともあるけれど、傷付けてしまったことがずっと引っかかっている。
好きだとか、愛とかそういった感情はもうない。
ただただ幸せになってほしかった。
卒業をして少し経った頃、雑誌の取材で音楽雑誌のライターさんに出会った。
その雑誌に出た事がきっかけで私の名前は知られることとなった。
初めは目が見えないことが先行して物珍しい感じで話題になった。
けれど、私の音楽はそれだけではなく、ちゃんと人々の心に伝わってくれた。
こんなに良い事が続いてもいいのかと思うほどだった。
雑誌の取材は増え、レコード会社との契約、CDの発売にリサイタル…あっという間に月日が流れていつしか郁の事を思い出すこともなくなっていった。
地元でのリサイタルが決まって久しぶりに帰ってきた。
海外での仕事で離れていた半年ぶりの地元は凄く懐かしく感じた。
夜まで時間が出来たからと実家に帰った。
その帰り道リサイタルホールに向う、あの交差点で信号待ちしてる時隣の虎ちゃんがビクッと体を強張らせた。
「虎ちゃん…?どうしたの?」
「いや…なんでもない。」
そんなわけがない。何かあったのかなんて、すぐわかる。
「虎ちゃん!わかるんだから、言って!」
「…交差点の向こう側にいるんだ。」
それだけで、誰がなんて聞かなくてもわかった。
「そっか…。」
同じ街にいるのだから会ってもおかしくない。
「うん…。歩…大丈夫か?」
「私は平気よ。虎ちゃんがいるんだもん。」
そう言って虎ちゃんを掴む手を揺らした。
「そうだな。向こうも気付いてるみたいだから、挨拶はしよう。無視は出来ないから。」
「うん。わかってる。」
虎ちゃんはそうゆう人だって、わかってる。
信号が青に変わった音がした。
少しして目の前にシトラスとムスクの香りがした。
あぁこの香りだったと思った。
それと、バニラの甘い香り。
隣にはまどかさんがいる事がわかる。
そっか…二人一緒にいるんだと、嬉しくなった。
久しぶりと虎ちゃんが言うとまどかが答えた。
まどかさんはあの頃と変わらず話しかけてきた。
私のCDを買ってくれたと言った。
しかも赤ちゃんがいた。
手を伸ばすと、まどかさんは少し近づき赤ちゃん私に触らせてくれた。
まだミルクの甘い香りがする。
一歳ちょっとになると言ったその子の手は小さく、見えない私にも可愛んだろうなと思えた。
隣で黙ってた虎ちゃんが、急いでるので…と言った。
そろそろリハーサルの時間なんだと思った。
虎ちゃんは私の夫でもあるがマネジャーもしてくれている。
一番安心出来る人が管理してくれてると任せっきりになってしまう。
軽く会釈をして、私たちは歩き出した。
「頑張って…夫婦共々応援してます。」
聞いたことのない、男の人の声。
まさかそんなはずがない。
でも今の台詞はさっきまで話してた郁とまどかさんしかいない。
私たちは振り返り確かめた。
「郁?声…」
半信半疑で確かめた。
またさっきと同じ声で数年前から聞こえるんだ。と言った。
私のピアノも聴いてると。
そっか…郁聞こえるようになったんだ。
心が温かくなった。
罪悪感が少しなくなる。
頑張ると、元気でと伝えると郁は優しい声で言った。
「あぁ歩も…。僕はもう大丈夫だから。」と。
父が犯した罪は消えないけれど、郁の言葉で心が軽くなる。
郁は私が抱えてた郁への罪悪感に気付いていたんだと思った。
「行こうか…。」
「うん。…虎ちゃん。」
「ん?どうした?」
「ありがとう。」
「なんだよ、急に。」
「言いたくなったの。好きよ、虎ちゃん。」
絡めた腕の引き寄せた。
「知ってるよ!急ぐぞ。ちょっと押してるから。」
「はぁ〜い。」
「歩はもうちょっと大人にならないとな。」
ふくれた顔を虎ちゃんに向けた。
虎ちゃんはそっと私のお腹に手を当てた。
「お前も半年後にはママになるんだから。」
「そうね。」
私もお腹に手を添えた。
私のお腹の中には新しい命がある。
今日のリサイタルを終えると活動休止に入る。
親になることは嬉しいことだけじゃない。
見えない私にはきっと、不安や戸惑いが沢山待ってる。
でも、私には支えてくれる人がいる。
応援してくれる人たちがいる。
虎ちゃんと一緒に居れば乗り越えられる。
私たちはこれからも一緒に歩いていく。
郁やまどかさん、虎ちゃんやお母さんに理沙…沢山の人を傷付け泣かせた分しっかり前を見て歩いて行く。
この子の為に愛する人と手を取り合い生きて行く。
あの頃の恋愛は暗闇だったのかもしれない。
けれど暗闇はいつかは晴れるんだと教えてくれた。
光を照らしてくれた虎ちゃんとこれからも一緒に…。


もうすぐ春になる。
太陽の温かい香りに包まれながら私たちはそれぞれの道を歩いて行く。
それぞれの愛に包まれながら…。
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