ハコイリムスメ。
俺が呆然と立ち尽くしていると、その人は俺に気づいて顔を上げた。

そして太陽の光に眩しそうに目を細めながら、「何かご用かしら」と問うかのように小首をかしげて俺に笑いかけた。

風が吹いて、俺の髪や女の人の長い髪、花壇の花や真っ白な洗濯物を揺らした。 



想像していたよりもずっと若く、とても綺麗に笑う人だと思った。

想像していたよりもずっと頼りなさげで、子供を虐待するような人間には見えなかった、それどころか、子供がいるような雰囲気は一切なく、俺は本当にこの人が葵の母親であるのかといぶかしく思った。

けれど、どんなに善人のように見えたとしたって、外見はいくらでも嘘偽りのきくものだと俺は知っている。




「あなた、葵の母親ですか」



そう怒鳴るかのようにきりだしてから、ああ、葵の本名は「葵」じゃなかったんだっけと思いだして、心の中で笑った。

俺は、いや、葵本人ですら、本当の名前を知らないのだ。
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