マネー・ドール -人生の午後-
 山内と別れ、事務所に入ると、聡子さんが、笑顔で出迎えてくれた。

「まあ、慶太さん! 真純さん、お怪我どう?」
 聡子さんは、周りをうかがうように、小声で聞いてくれた。
「おかげさまで、たいしたことありません。あの、聡子さん。昨日は本当に……」
「まあ、どうぞ」
 彼女は、俺の言葉を遮って、事務所の奥へ入って行った。

 中では中村が無線で一生懸命何か指示してる。へえ、これが、配車ってやつか。いや、社会見学しに来たわけじゃなくって。
「社長、慶太さんが……」
 中村は俺を見て、笑顔で手を振って、応接室のドアを指差した。
「こちらへどうぞ」

 しかしまあ……
俺の事務所に負けないくらいの昭和感だな……でも、掃除されてる。うーん、やっぱり相田だと、ここまでは望めないか……

「しばらくお待ちくださいね」
「聡子さん、ちょっと待ってください」
 出て行こうとする聡子さんに、和菓子を渡して、俺は、床に手をついた。
こうするくらいしか、俺には謝る方法がわからない。
 
 でも、聡子さんは、慌てて屈みこんで、俺の手を取った。
「ちょっと、慶太さん! やめてください!」
「いえ……これくらいで許していただけるとは思ってません。本当に、この度は、申し訳ありませんでした」
「慶太さん……ね、私はケガもしてないし、いいんですよ。さ、頭を上げて……こんなことされたら困りますから」

 土下座する俺の横から、中村が入ってきた。
「おい、佐倉、やめとけよ。そんなことされたら、逆に迷惑だ」
「中村……お前にも本当に迷惑かけて……すまなかった」
「もういいから。さとちゃん、お茶淹れてくれる? それと、杉本、呼んできて」

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