マネー・ドール -人生の午後-

 翌日から、リフォームの打ち合わせが始まった。
田山は何枚かのデザインを持ってきて、俺達の前に広げる。
はっきり言って、俺の感性では、とてもついていけない。隣で真純が一生懸命俺に何か言ってるけど、ごめん、まったくわからん!
「コンサルタント事務所ですから、誠実で、清潔感のある、ハイクラスなイメージがいいと思うんです」
……どんなイメージだよ。
「そうねえ。でも、それじゃあ、ありきたりじゃない? 普通の改装工事で間に合うわね。せっかくデザインするんだから、もっと斬新で、イメージを打ち破るようなプランにしたいわ」
厳しいダメ出し……でも、真純も自信があるから、言えるんだ。そして、田山がそれに応えられるから。
「なるほど。なら……これは、うちの事務所で以前デザインした、美容院なんですが、どうでしょう。『リビング』をイメージしてるんです。ゆったりとした空間で、落ち着いて施術を行えるように」
「うん、いいわね。どうしてもこういう事務所はギスギスした感じになりやすいけど、本当はもっと、じっくりクライエントと話ができないといけないと思うのよ。お互い、腰を落ち着けて話し合えるような空間が理想なんだけど、ねえ、どう、慶太?」
お、俺にふるな!
「そ、そうだね。うちは政治家先生もいらっしゃるから、仕事の話だけじゃなくて、世間話をすることも多いから……落ち着いていただけるような空間が、いいかな……」
自信ない……恥ずかしいこと、言ってないよな……
「わかりました。イメージに合致するプランを、もう一度あげて参ります」
田山は手帳に、細かい文字で、真剣にメモを取っている。
「いや、あの、あくまでさっきのはイメージというか……」
「クライエントのイメージ通りに仕上げるのが、私の仕事ですから。お任せください」
自信満々の顔で、俺をじっと見る田山。へえ、こいつ、ほんとに仕事できるんだ。
「では、今日はこれで。軽く実測して帰りたいんですけど、よろしいですか?」
「ああ、いいよ。誰か手伝わそうか?」
「いえ、大丈夫です。では、プランニングができましたら、また連絡させていただきます」
 俺が席を立った後も、真純は田山に、上司の顔で、何か言っている。時折聞こえる単語を拾うと、個性がない、とか、デザイン性が足りないとか。
厳しい顔に、厳しい口調。でも、なんだか、俺の知らない真純を見た気がする。ビジネスマンの真純。企画マンとして、華々しく働いていた、キャリアウーマンの真純。

「相変わらず田山くんて、マジメなのよね。デザイナーなんだから、もうちょっと柔軟な発想が必要よねえ」
 デスクでぶつぶつ言う真純を見て、ふと思った。
 真純は、今、こうやって俺の事務所で、会計の仕事をしていることをどう思っているんだろう。つまらなく、ないんだろうか。はっきり言って、こんな仕事、地味で、面白くないだろう。
「まあまあ。真純はもう、彼の上司じゃないんだから」
「あっ、そうだった。私ったらつい……」
「仕事、戻りたいんじゃないの?」
「前の仕事? まさか。もう売上や部下の責任に追われるような仕事はうんざりよ」
そう笑ったけど……でも、さっきの真純、なんだか、イキイキしてたよ。

 もしかして俺、お前の自由、奪ってる?
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