マネー・ドール -人生の午後-
 あれ? 森崎さんがまだいるみたい。随分遅いのね、今日は。
 それに……玄関には、小さな靴が一足。
「ただいまー。誰か来てるの?」
「ああ、奥様! よかった、どうしようかと思ってたんです。お電話したんですけど……」
あっ、またマナーモードのまま……忘れてた。
「ごめんなさい。気がつかなかったわ。どうしたの?」
「それが……」
 リビングには、えっ? なんで? えーと、お姉ちゃんのほうだから、凛ちゃん。
「四時前くらいに来られて、ずっと待ってらしたんです……」
「そう……」
「お知り合いのお嬢さんですか?」
「え、ええ、友達のお嬢さんよ。お世話かけたわね、ありがとう。延長、つけといてくださいね

「凛ちゃん、よね?」
「はい……」
「どうしたの? おばさん、びっくりしちゃったわ」
テーブルに出された紅茶とクッキーは手付かずで、凛ちゃんは俯いて今にも泣き出しそう。
「一人で来たの?」
足元にはピンク色のランドセル。最近は、赤じゃないのね。
「ママは、知ってらっしゃるの?」
 凛ちゃんは、黙ったまま、横に首を振った。
「きっと、心配なさってるわ。おばさんが連絡しましょうね」
「……ママ、いなくなったの……」
「えっ? いなくなった?」
「パパとママ、すごくケンカして……ママ、そのまま、いなくなって……もう、三日、連絡もないの……」
 彼女はそう言って、泣き出してしまった。
「たいへん……パパは? どうしてるの?」
「……パパなんて、もう、知らない」
「凛ちゃん……」
「お兄ちゃんと私で、一生懸命探してるのに、パパは知らん顔なの! そのうち帰ってくるって、知らん顔して!」
そんな……将吾、あなたらしくないわ……
「おばさんから、パパにママをちゃんと探すように言ってほしいの」
凛ちゃんは、真っ赤なほっぺたを涙で濡らして、私に訴えた。

 その顔は聡子さんに似ていて、でも、私にはまったく似ていない。

「わかったわ。おばさんから、話してみる。だから、もう泣かないで。お紅茶より、ジュースがいいかしら?」
「うん」
 涙を拭ったほっぺたは、柔らかくて、すべすべで……かわいい顔。きれいな顔。
九歳の私は……どんな顔だったかな。もう、忘れちゃった。

「あっ、トトロだ」
 プレイヤーの横のDVDを見て、凛ちゃんはやっと笑ってくれた。
「私も、トトロ好きよ。一緒に見ましょうか」
 凛ちゃんがトトロに夢中になったところで、私は部屋へ。慶太に相談してみよう。どうしたらいいのか、私にはわかんない。それに……私に、あの二人の間に入ることはできない。

< 157 / 224 >

この作品をシェア

pagetop