マネー・ドール -人生の午後-
 『コンコン』
ガラスを叩いたのは、聡子さんだった。
「真純さん? 大丈夫? 気分、悪い?」
聡子さんは、本気で心配してくれてる。

 その、私の顔を覗き込む顔……初めて、私は、聡子さんの顔を、間近で、じっと、見た。
聡子さん……昔の私に……似てる……まさか、将吾、そうなの? 私の、代わり?

 私の中に、風が吹いた。今まで、感じたことのない、冷たくて、激しくて、胸を締め付ける、風。

 ……子供、三人もいるんだよね? 将吾と、セックスしたんだよね? ねえ、あなた、将吾とセックスしたのよね? 
そんな地味な顔で、垢抜けない女のくせに、将吾と……将吾は、私のものだったのに!

「大丈夫」
私は、涙を拭いて、車から降りた。
「ねえ、聡子さん」
 私は、笑っている。冷たい顔で、笑っている。
「私と将吾の関係、知ってる?」
バカみたい……私、何言ってるの……
「幼馴染って、聞いてるけど……付き合ってたのよね」
「そうよ。あの社宅で、暮らしてたの」
「……なんとなく、そんな気がしてたわ」
聡子さんは、俯いて、悲しそうな顔をした。まるでその顔は……あの頃の、私。

 そんな顔しないで! 私に、そんな顔見せないでよ!

「私、真純さんの、代わりだったのよね」
なんなの……そんなの……そうよ、あなたはね、私の代わりよ! 将吾はあなたなんて、愛してない!

「そうね。私の、代わりね」

 冷たく、言った。冷たく、笑った。
 でも、聡子さんは、俯くだけで、何も言わなかった。
どうして? 怒りなさいよ。泣きなさいよ。私を責めなさいよ!

 そのまま、俯く聡子さんを残して、慶太の所に戻った。
慶太は、大丈夫なのか、と聞いて、お肉をお皿に入れてくれた。
「大丈夫よ」
 慶太と腕を組んで、私は……楽しいフリをした。全然、楽しくない。笑ってるけど、全然……楽しくない!
慶太……私、もう、帰りたい……楽しくないの……来るんじゃなかった……こんな気持ちになるなんて……

 振り向くと、聡子さんはまだ、俯いて立っていて、迎えに行った凛ちゃんと手をつないで、コンロへ戻ってきた。
その顔は、怒ってもなくて、絶望もしてなくて、ただ、ただ……寂しそうだった。

 なんてこと、してしまったんだろう……どうしよう……傷つけちゃった……そんなつもり、なかったのに……
どうしたらいいの……慶太、私……ひどいことを、言ったの。
将吾の奥さんに、聡子さんに、ひどいこと……
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