マネー・ドール -人生の午後-
「なんか、飲むか?」
「ううん、いい」
将吾は隣に座って、ビールを飲んでいる。
「ハタチんときと、あんまりかわってないなあ」
「そんなこと、ないよ……」
「子供、つくらんかったんか?」
「……できなかったの」
「そうか……ごめん、悪いこと、聞いたな」
 将吾はタバコに火をつけて、遠い目をした。
「何年か前になぁ」
「うん」
「佐倉がふらっと、あの社宅に来たことがあった」
「いつ?」
「聡子と結婚した年やったから……十五年前か、そんなくらいかな」
十五年前……もしかして、あの時……
「結婚したって、言いにきたんかと思っとったけど、違ったんかもしれんなぁ」
「どうして?」
「タクシーで、おうたやろ」
「……うん」
「あの時の真純……到底、幸せそうには見えんかった」
 将吾……やっぱり……私のこと、わかってくれるのは、あなたしかいない。
「今は? どう? 幸せそう?」
 自分でも、幸せかどうなのか、わからなくなり始めていた。何が幸せなのか、わからない。
ねえ、将吾、私、わからないの。幸せって、何? どうすれば、幸せなの?
「そうやな……佐倉に、愛されとる」
何、それ……
「佐倉も、随分かわったな」
「私は?」
「お前は、昔のまんまや」
「昔の?」
「愛されたいって、甘えたの、真純のまんま」
愛されたい……甘えたい……そう、甘えたいの……
「佐倉は、甘えさせてくれやろ?」
たぶん、甘えたら、甘えさせてくれる。でも、甘えられない。なぜかはわかんないけど、甘えられない。
 でも……将吾には……
 
 将吾の肩。二十年ぶりの、彼の肩は、昔と変わらず、逞しくて、熱くて、委ねたカラダが、溶けていきそう。
「甘えられないの」
 握ったその手は、昔と変わらず、ゴツゴツしていて、少しカサカサしてる。
「どうして」
 彼の手が、私の手を握る。
「わかんない」
 
 ダメ。将吾、私を、拒否して。絶対、キスなんて、しないで……
  
 そう思いながら、待っている。昔みたいに、彼の、熱いキスを、待っている。

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