黒太子エドワード~一途な想い

ナバラ王とジャン2世

「確か、あやつの申す母親のジャンヌとやらは、確かにマルグリット・ド・ブルゴーニュの長女であっただろうが、胤(たね)は誰だか分からんのだろう? 確か、セーヌ河畔に若い学生や騎士達を連れ込んでおったとか……」
 そう言うと、黒太子エドワードは、ちらりと奥でワインやシードル等を侍女と共に用意している妻のジョアンを見た。
 彼女はそんな夫の様子に気付いていないのか、侍女と何かを話ながら準備をしていた。
 英国といえばその名が出てくるアフタヌーンティーが始まるのは、これから約500年後の第7代ベッドフォード公爵夫人の頃なのだが、どうも女達はああでもない、こうでもないと言いながら、軽食の用意をするのが好きなようであった。
「本当にルイ10世の王女かどうかも疑問視され、叔父のフィリップ5世が即位されたのだと、父からも聞いております」
 若い侍従のトマスがそう言うと、黒太子は頷いた。
「うむ。以前、父上にも関わるなと注意されたので、放っておくか……。ところで、ブルドッグの方はどうなっておる?」
 黒太子のその言葉に苦笑しながら、トマスは的確に答えた。
「ベルトラン・デュ・ゲクランのことでございますね? 昨年暮れに再び捕虜になったようでございますが、飼い主が保釈に乗り出してきたとか……」
「ほう、シャルル5世が、か? 余計なことを!」
 そう言うと、黒太子は顔をしかめた。
「しび保釈金の捻出のためなのかは分かりませんが、色々新しい税制も考慮しておるようでございます」
「まぁ、戦続きな上に、父親の身代金もロクに払っておらんからな」
 そう言うと、黒太子は苦笑した。
 1363年9月までの段階で、本来ならば、捕虜となっているフランス王、ジャン2世の身代金として、180万エキュをイングランドに納めていなければならなかったのだが、実際は100万エキュも払っていなかったのだった。
 2年後の段階でもそうなので、1361年当時には、もっと支払い額が少なかったと思われる。
 元々、ジャン2世の身代金は、50万ポンドを請求されていた。「一国の王」ということもあり、法外な額でも大丈夫だとうということだったのだが、結局は払えそうにないので、エキュ金貨300万枚にまで引き下げられた、という経緯もあった。
 それから4ヶ月以内に60万エキュを支払うよう求められたのだが、その60万エキュでさえ、金塊に変えると5トン分はあり、当時のフランス国家予算の2年分に相当していた。
 ──つまり、支払いが無理な額であったのである。
 が、一応、60万エキュを支払った残りの240万エキュは、6年の分割で支払うことになった。
 その後、10月に「カレー条約」として、それが正式に締結されると、アンジュー公ルイ、ベリー公ジャン等40人程の王族が人質になることで、ジャン2世は解放されて、フランスに戻ったのだった。
 その矢先のアンジュー公ルイの逃亡の知らせだった。

「殿下、アンジュー公ルイの件なのですが、やはり王太子がかくまっておるようでございます」
 声変わりを終え、低い声で安定してきたトマスがそう言うと、黒太子は口ひげを撫でながら頷いた。
「まぁ、そうであろうな」
「ですが、父親のジャン2世が、どうもロンドン目指しているとの噂もございまして……」
「は……? 今、何と申した?」
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