黒太子エドワード~一途な想い
 フィリップ六世の言葉に、若い下士官は戸惑いの表情を見せた。
「本当に宜しいのですか? カレーの市民が飢え始め、口減らしの為に、子供や老人の一部が外に出されたとお聞きになられたこそ、騎士道精神から救援に駆けつけられたのではなかったのですか?」
 さして戦に強くはないものの、「騎士道」が好きなフィリップ六世に下士官がそう言うと、彼は顔をしかめた。
「私とて、飢えて困っておる市民を見捨てて帰るなど、騎士道に反する行ないなど、しとうはないわ! だが、これで戦えると思うか? 攻撃すら、まともに出来ん状態だというに……」
 彼のその言葉に、下士官は周囲を見回した。
 ぬかるみに馬の脚がとられ、誰も前に進もうとしないばかりか、既に後退している者もいた。
「我がフランス騎士は、この程度なのか……。情けない!」
 一方のカレーの町の向こう側、イングランド軍の小屋を何軒も建て、小さな町を造っている所からは、歓声も上がり、煙も何本も立ち上っていた。
 気のせいか、風に乗って、美味しそうなパンの焼ける匂いもしてくる気がした。
「こんな所にいるより、暖かい所で、パンとワインを味わいたい……」
 誰かがそう呟くのも聞こえた。
「……仕方ありませんね。撤退命令を全軍に通達して参ります」
 下士官がため息をついてそう言うと、フィリップ六世の傍から消えた。
「私とて……こんな所に居とうはないわ……」
 誰に言うともなしにフィリップ六世はそう呟き、ため息をついた。
< 29 / 132 >

この作品をシェア

pagetop