黒太子エドワード~一途な想い

絶望のカレー市民

「……まぁ、そんなことが? 本当に、あの人ったら、年をとるに従って、難しい性格になっちゃって……」
 長男の黒太子エドワードから話を聞いたフィリッパは、そう言うとため息をついた。
「心配しなくても、大丈夫よ。本当は、全員処刑なんて、するつもりなんて無いんだから! まぁ……身代金をとれそうな人からは、とるかもしれないけどね」
 そう言ってフィリッパが微笑んでも、黒太子は難しい表情のままだった。
「そうでしょうか? クレシーの前に騎行戦術を行ない、途中の村を焼いた過去がありますから……」
「ああ……。その話なら、私も聞いたわ」
 そう言うフィリッパの顔も、たちまち曇っていった。
「でもね、それも、結局は、脅しの一環だったと思うの。フランスではなく、我がイングランドにつかないと、もっと酷いことが起こるぞ、っていうね。その証拠に、村人を殺したりはしなかったでしょう?」
「それはそうですが、悲観して首を吊った者の死体なら、見ましたよ」
 黒太子が顔をしかめながらそう言うと、フィリッパも悲しげな表情でうつむいた。
「それは……おそらく、年をとっていたり、病気等で思うように体が動かなかったりして、先のことを悲観したんでしょうね……。酷な言い方だけど、そういう人は、どういう状況でも生き残るのは、無理だと思うわ」
「どうやっても、生き残れなかったと?」
「そう思ったからこそ、自殺したんでしょう。カトリックでは、自殺はご法度だというのに……」
 そう言って肩を落とすフィリッパに、黒太子は尋ねた。
「じゃあ、今回も放っておかれるおつもりですか、母上?」
 すると、フィリッパははっきり首を横に振った。
「いいえ。今回は、一応、手を打っておくわ」
「手を打つ……?」
 目を丸くする黒太子の前で、フィリッパは傍らのずっと傍で仕えている侍女、リリーの方を向いた。
 彼女は、夫に長く仕えている侍従、エスターの姉であった。
「リリー、ウィリアムを呼んでちょうだい」
「かしこまりました」
 そう言って退出する彼女を見ずに、黒太子は目を丸くした。
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