黒太子エドワード~一途な想い
 フン、女狐が……! 男を手玉にとって操り、父上を追い出しておいて、何が「弱い女の身」だ!
 ──そう思っていたからだろうか。
 エドワードは知らず知らずのうちに、少し離れた所で二人の様子を見ていたロジャーを睨んでいたらしい。
「おいおい、君の母上が本当に弱いかどうか、私に聞きたいのかい? 勘弁してくれよ! そんなの、二人の間の秘め事だろう? 君だって、一応結婚したんだ、それくらい分かってくれよ」
 胸のボタンをわざとなのか、少し外したロジャーがニヤニヤしながらそう言うと、エドワードは一層険しい表情で彼を睨みつけた。
「おお、怖っ! 妻と母は違うってか?」
「少なくとも私は、フィリッパ一人を大事にしています」
 低めの声で、はっきりエドワードがそう言うと、ロジャーは笑った。
「はは! 俺だって、君の母上をこの上なく大事にしてるさ! なぁ、ハニー?」
 そう言うと、ロジャーは恥ずかしげもなくエドワードの目の前を通ってイザベラに近付き、その頬にキスをした。しっかり腰に手を回して。
「まぁ、フィリッパと仲良くしてくれているのは、いいことだわ。兄上が私達に国外退去命令を出した時に助けてくれたのが、エノー伯ギヨーム殿なんですもの」
「フィリッパは、実に良い娘です」
 そんな母に、息子は言葉を選んでそう言った。
「そう……。じゃあ、しっかりフランスの王位も奪取なさい!」
「講和はよろしいのですか?」
 国王とは名ばかりの自分の頭越しにフランスとの講和の道も探られていると聞いていたエドワードがそう尋ねると、イザベラとロジャーは顔を見合わせた。
「お前は、そんなこと、知らずともよい!」
 ──まるで、父王であるかのような口ぶりだな。
 エドワードはそう思ったが、うつむいて表情を読まれないようにした。
『時期を待つのよ、エドワード』
 先日、フィリッパに言われた言葉が、彼の頭の中で繰り返され、彼は深呼吸すると、頷いた。
 ──今はまだ、その時ではない。だが、いずれ……。
 少年の心の炎は、妻以外には分からないうちに大きく育っていったのだった。
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