黒太子エドワード~一途な想い

ブルターニュ継承戦争の始まり

 一般的に「ブルターニュ継承戦争」と呼ばれるその地方の紛争は、二人の推測通り、まだまだ続いていくのだが、ここではその発端について、少し述べておこう。

 発端は、シャルル・ド・ブロワとジャンヌ・ド・パンティエーブルの結婚であった。
 ブルターニュ公アルテュール二世とリモージュ子爵マリーの嫡男として生まれたジャン三世は、父の死と同時に、ブルターニュ公に就任した。
 が、彼には子供がいなかった為、シャルル・ド・ブロワとジャンヌ・ド・パンティエーブルを結婚させることで、ブロワにブルターニュ公を継承させるつもりでいた。
 しかし、残念なことに、彼はそれを文書にしていなかった為、彼の異母弟のジャン・ド・モンフォールが相続の権利を主張したのである。
 ──それが「ブルターニュ継承戦争」の始まりであった。

 実は、その亡きジャン三世は、そのジャン・ド・モンフォールが継母、ヨランド・ド・ルーの子であり、彼女が父と再婚する前はスコットランド王妃であったことから、亡き父との再婚の正当性を追求し、父、アルテュール二世の遺産に対する闘争も行なっていた。
 つまり、継母と仲が悪かったのである。
 なので、彼の気持ちの上では、絶対、異母弟ジャン・ド・モンフォールに遺産を渡すつもりなど無かったはずなのだが、逆にそういう確執があったからこそ、ジャン・ド・モンフォールも相続の権利を主張したのかもしれない。
 とにかく、ジャン三世が一三四一年四月三〇日に、フランドルからの帰り道にカーンで亡くなると、異母弟、ジャン・ド・モンフォールは動いた。首都ナントやリモージュ等の主要都市を陥落させていったのである。
 とはいえ、ブルターニュの貴族の大半は、ブロワを支持していた。
 だからこその先手必勝だったのかもしれない。
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