黒太子エドワード~一途な想い

狂気

「なぁ、おい、ヴァンヌって、教皇様が直々に治められることになった土地じゃなかったか?」
 ジャン・ド・モンフォールに従ってきた者達の中にも、そう言う声が出始めていた。
「ああ、そうだよなぁ。まぁ、今の教皇様って、あんまり良い噂は聞かないがな。何でも、ローマにも行かれず、アヴィニョンで贅沢三昧。女だって、自由に出はいりしているって噂だしな。けど、流石にその土地を奪っちまうっていうのは、まずいよな? やっぱ……」
 他の兵士もそう言うと、その場に居た者達は、顔を見合わせた。
「ひょっとして、このままじゃ俺達……」
「教皇様を敵に回しちまうってことか?」
「それって、地獄行き決定じゃねぇのか?」
 口々にそう言う男達の顔から、次第に血の気が引いていった。

 ──翌朝、彼らの姿は、モンフォール陣営から消えていた。
 だが、ジャン・ド・モンフォールから離れて行ったのは、兵士だけでなく、貴族も同様であった。
「フン! わしのことが理解出来ぬような愚か者どもの加勢など、要らぬわ! 強いイングランドが、我が味方。それで、充分よ!」
 ヴァンヌを陥落させ、その町で一番大きい屋敷の書斎でふんぞり返りながら、ジャン・ド・モンフォールはそう言った。
 明らかに人数が減っているのは分かっているので、どう見ても空元気でしかありえなかったのだが。
「そうですわ、あなた。あなたは、小物など、相手になさることはありませんわ!」
 そう言いながら彼に近寄り、その首に抱き付いたのは、先日「女傑」と呼ばれた、妻のジャンヌ・ド・フランドルであった。
 今日は、「女傑」ではなく、露出の多い、セクシーなドレス姿で、髪もきちんと結っていなかったが。
「そうだな……」
 そう言うと、ジャン・ド・モンフォールは、妻を膝の上に抱き寄せた。
 年のせいか、色んな所に肉がつき、少し重たく感じられたのか、一瞬、モンフォールは顔をしかめた。
 が、熱烈な愛撫が始まると、気にならなくなったのか、顔をしかめることはなかった。
 だからだろうか。妻の目がキラリと異常な光を放ったことにも気づかなかったのは。
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