黒太子エドワード~一途な想い
「罰だわ……。そうよ! 罰が当たったのよ!」
 呟くようにそう言う高い声に、ジャン・ド・モンフォールが振り返ると、そこには髪を振り乱し、虚ろな瞳で、子供用の人形を乱暴に左手で持った女が立っていた。
「お前か……。先日は、小物等相手にする必要は無いと言ってくれたのに、今日は調子が悪いのか?」
「あなたが、教皇様の町を落としたりするから、いけないんですわ!」
 虚ろで、どこを見ているのか分からない目でそう言う妻に、ジャン・ド・モンフォールはため息をつくと、何度も頷きながら、その肩を持ち、くるりとむこうを向かせた。
「分かった、分かった! わしが悪かったのだな。じゃあ、皆で安全な所に参ろうな。イングランド等はどうだ?」
「まぁ! あんな雨と霧ばかりの所に行くんですの?」
「少しの辛抱だ。又、折を見て必ず戻り、ブルターニュ公の領地と爵位をジャンに相続させてやる!」
 すると、妻のジャンヌの目に光が灯り、笑顔になった。
「まぁ! では、ぜひ、ジャンヌにも良き夫を見つけて下さいまし!」
 四年前に生まれた長女の名を口にし、すがるようなまなざしでそう言う妻、ジャンヌ・ド・フランドルの瞳は、真っ直ぐジャン・ド・モンフォールを見つめていた。
「そうだな。そうしてやらんとな……。その為にも、イングランドの有力貴族とは繋がっておくべきだろう」
 ホッと安堵のため息をつきながら夫がそう言うと、妻は優しい微笑みを浮かべた。
「そういうことでしたら、異存はありませんわ」
 
 ──一般的には、ジャンヌ・ド・フランドルに精神異常の兆しが表れたのは、約二年後の一三四五年なのだが、大体そういうものの片鱗が見え始めるのは、少し前からだと思われる。
 おそらく、夫であるジャン・ド・モンフォールが「おかしい」と感じ始めたものの、自分がルーヴル宮の獄に繋がれていた時に差し入れを持って来てくれたり、代わりに戦ってくれていたこともあり、強く言うことが出来なかったのだろう。
 加えて、イングランドという他の土地に行けば、調子が良くなるかもしれないと思っていたのかもしれない。
 実際は、そんなに甘くなかったのだが。
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