黒太子エドワード~一途な想い

ケント伯トマス

 灰色の石造りの小さな屋敷。
 庭は、四季の花で彩られていて綺麗だが、屋敷は一階建ての平屋で、貴族のものにしては、質素で、使用人の邸宅位にしか見えなかった。
 その屋敷の中を、金髪の巻き毛を後ろでくくった美女が忙しそうに歩いていた。
 年の頃は20歳位だが、「少女」といってもいい快活さと輝きを持っており、それゆえ「キリスト教世界一の美女」と言われていたのかもしれない。
「もう! 又、今日も返事が無し? いつまで無視するつもりなのかしら、あの子ったら! 折角、私がお礼状を出したっていうのに、本当に大人気無いわね!」
 手紙の束に目を通すと、口を尖らせてそう言ったが、その途端、窓辺にあったゆりかごから泣き声が聞こえ、彼女はそちらに走って行った。
「あらあら、ちっちゃいトマスちゃん、どうちましたか?」
 そう言うと、ジョアン・オブ・ケントは赤ん坊を抱きあげた。
 美しい彼女に似た、金髪碧眼の表情豊かな男の子だった。
「ジョアン、一人で子供の世話など、出来るのか?」
 軍服姿でそう尋ねたのは、悪い口髭を少し伸ばした夫のトマス・ホランドだった。
 黒太子エドワードやジョン・チャンドスと同じイングランド軍の指揮官ではあったが、位はだいぶ下で、そのせいで肩等の飾りも少なく、服装もシンプルだった。
「大丈夫よ。これでも、母親なのよ! それに、近所の農家のおばさんだって、様子を見に来てくれるし……」
 その言葉に、夫は哀しげな表情になった。
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