黒太子エドワード～一途な想い

「つなぎ」の役

「すまんな。悪い奴じゃないんだが、遠慮が無くて……」
　ベルトランと入れ替わりで近付いて来たのは、先程の銀髪で、小柄な男だった。
「あなたは……」
「俺は、オリヴィエ・ド・モーニー。あいつと一緒に戦ってる者だ」
「ほう……。あなたは、落ち着いて話が出来そうですね」
　モーニーの姿を上から下までじっくり見ながら若い男がそう言うと、彼は苦笑した。
「もう一人、あいつの弟で、俺と同じオリヴィエって奴もいるんだが、そいつも話は出来ると思うぞ。今は、用があるらしくて、外してるがな。まぁ、ベルトラン自身も悪い奴じゃないんだが、どうも情にあつすぎるというか、頭で考えずに突っ走っちまうところがあるからなぁ……。戦いにおいては、それが良い方向に出てるから、今のところはそれでもいいんだが……」
「ほう……。冷静な判断力もお持ちのようですな。益々、素晴らしい！」
　青年が目をきらりと輝かせてそう言うと、流石にモーニーも照れたのか、赤い顔で苦笑した。
「おいおい、兄ちゃん、そんなに褒めるなよ！　慣れてないから、照れるじゃねぇか」
「ですが、本当に貴重な人材ですから……」
「そう言われても、俺にはベルトラン程、戦の才能は無いぞ」
　そう言うと、青年は微笑んだ。
「その才能ではありません。『つなぎ』とでも申しましょうか……。王太子シャルル様との連絡は、私がします。ですが、それだけでは弱いと思うのです。折角、フランスの不利を覆せるかもしれないベルトラン様のような方が現れたのです。出来れば、その戦の手法を後世に語り継ぎたいとも思っております。その為には、もっと宮廷や王太子殿下との連絡を密にし、ベルトラン様の手法も記録出来る者が欲しいのです」
「もっと連絡を密にって、まさか誰かにお貴族様と結婚させる気か？　まぁ……一応、俺もベルトランも貴族ではあるが……」
「いえ、違います！　そのうちお生まれになるであろう、王子様のお傍に仕える気は無いか、ということです」
「王子に仕える……？」
　その言葉を繰り返すモーニーの瞳がきらりと輝いたのを、青年は見逃さなかった。
「つまりは、侍従ということです。どうです？　うまくいけば、次期国王の侍従になれるかもしれないのです。興味ありませんか？」
「ありますよ、勿論！　いつまでも兵士として戦えるなんて思ってないし、年をとらなくても、出来ればもっと安全で、安定した職につきたいとは思ってますよ！」
　そう言うモーニーの態度は、気付けば、先程より丁寧になっていた。
　自分より年下だからと相手をみくびっていたところが消えていたのである。
　当然といえば、当然だったのかもしれない。この当時の軍隊に「常備軍」というものはまだ無く、戦が終われば、盗賊などに成り下がるのが普通だったので、「次期国王の侍従」など願ってもない話だったのだから。
「では、王太子殿下にも、その旨をお伝えしておきます。現在、王太子妃様はご懐妊中であらせられますので、うまくいけば、近いうちに朗報を持ってこれるかもしれません」
　そう言って青年が微笑むと、モーニーも微笑んだ。
「では、私はこれで失礼いたします。ベルトラン様のことをくれぐれも宜しくお願い致します」
　そう言って青年が一礼すると、モーニーが慌ててそれを止めた。
「待って下さい！　まだ、あなたの名前を聞いてませんよ！　それに、連絡方法だって、まだです！」
「これは、失礼致しました。私は、ピエールと申します。ピエール・モンテスキューです。連絡方法に関しては、しばらくは私が直接出向く、というのでどうでしょうか？　その方がイングランドにも悟られないと思いますので……」
「そうですね」
　モーニーがそう言って頷くと、ピエールは満足げに頷いた。
「では、本当にこれで失礼しますね」
　そう言うと、ピエールは一礼し、今度こそ、その場を後にしたのだった。
「王子付きの侍従か……」
　ピエールを横目で見送ったモーニーは、小声でそうつぶやくと、にやりとした。
　現在王太妃ジャンヌ・ド・ブルボンが妊娠している子供は無事生まれ、ジャンと名付けられるのだが、彼は５歳で亡くなってしまう。
　その後、ジャンヌ王太子妃は、ボンヌとジャンという二人の子供にも恵まれるが、残念ながら、どちらも早逝し、その後生まれるシャルルがシャルル６世として即位し、オリヴィエ・ド・モーニーはその侍従となるのだが、まだまだ先の話であった──。