LOZELO
***
「黒川さん、今いいかな」
夕暮れ時に現れたのは江口先生で、つい1時間くらい前に神崎先生が回診に来たのにと告げると、仕事をしていたから来られなかったとフワリと笑う。
座ってもいい?とパイプ椅子に手をかけようとするから、どうぞと促した。
「何か大事な話、ですか?」
「ううん、ちょっとおしゃべりしに来たよ。今日はもう仕事終わったから」
西日が差す端っこの病室には、廊下を歩き回る看護婦さんたちの足音さえ届かなくて、心地いい静けさに満ちている。
よいしょ、と腰を下ろした江口先生は、光ってるよ、と私のケータイを指差す。
「メールです、友達からの。こないだ来てた」
「仲良いよね、すごく」
「…ありがとうございます」
莉乃がいたから、私はきっと未来を見ることができたと思ってる。
「入院した頃とは、表情も変わったよ。よく笑うようになったし、自分の気持ちも言ってくれるようになった」
「そんなに変わったかなぁ」
「うん、ほぼ毎日見ててもわかるくらい。神崎先生も言ってたくらいだから。あの鈍感で有名な」
鈍感、という言葉に思わず笑うと、あとで報告しておくから、と神崎先生みたいに意地悪な顔をする江口先生の一面も、最近になって現れたくせに。
「江口先生だって、初めて会った頃とは随分変わりましたよ?」
「え?僕が?」
「だいぶとっつきやすくなったっていうか。堅物で真面目そうで、最初は話しにくいのかなって思ってたんで」
「照れるな。そう思われてることから抜け出せなくてずっと悩んでたから。そういってもらえると嬉しいよ」
黒川さんが頑張ろうとしてる姿に、後押しされたのかも。
そう何のためらいもなく言うあたり、江口先生らしくなくて江口先生らしい。
神崎先生がお父さんなら、江口先生はお兄ちゃんのような存在だなと思った。