LOZELO



***


「黒川さん、今いいかな」


夕暮れ時に現れたのは江口先生で、つい1時間くらい前に神崎先生が回診に来たのにと告げると、仕事をしていたから来られなかったとフワリと笑う。

座ってもいい?とパイプ椅子に手をかけようとするから、どうぞと促した。


「何か大事な話、ですか?」

「ううん、ちょっとおしゃべりしに来たよ。今日はもう仕事終わったから」


西日が差す端っこの病室には、廊下を歩き回る看護婦さんたちの足音さえ届かなくて、心地いい静けさに満ちている。

よいしょ、と腰を下ろした江口先生は、光ってるよ、と私のケータイを指差す。


「メールです、友達からの。こないだ来てた」

「仲良いよね、すごく」

「…ありがとうございます」


莉乃がいたから、私はきっと未来を見ることができたと思ってる。


「入院した頃とは、表情も変わったよ。よく笑うようになったし、自分の気持ちも言ってくれるようになった」

「そんなに変わったかなぁ」

「うん、ほぼ毎日見ててもわかるくらい。神崎先生も言ってたくらいだから。あの鈍感で有名な」


鈍感、という言葉に思わず笑うと、あとで報告しておくから、と神崎先生みたいに意地悪な顔をする江口先生の一面も、最近になって現れたくせに。


「江口先生だって、初めて会った頃とは随分変わりましたよ?」

「え?僕が?」

「だいぶとっつきやすくなったっていうか。堅物で真面目そうで、最初は話しにくいのかなって思ってたんで」

「照れるな。そう思われてることから抜け出せなくてずっと悩んでたから。そういってもらえると嬉しいよ」


黒川さんが頑張ろうとしてる姿に、後押しされたのかも。

そう何のためらいもなく言うあたり、江口先生らしくなくて江口先生らしい。

神崎先生がお父さんなら、江口先生はお兄ちゃんのような存在だなと思った。
< 113 / 177 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop