LOZELO
「黒川さーん」
江口先生が一人。
まとう空気がやわらかいのは、休日だからだろうか。
体調の話をして、立ち去ろうとした江口先生を引き止めた。
「先生、聞きたいことがあるんですけど」
どうしました?といつもより覇気のない声に問われたから、いつもより強気で疑問をぶつけた。
「自分のことに敏感になるって、どういうことですか?」
そしたら江口先生は、答えを準備していたような顔をして、落ち着いた口調で言った。
「優奈ちゃんみたいになればいいんだよ」
きっと、その言葉に私の中に衝撃が走ったことを、江口先生は知らないだろうけど。
「江口せんせ、呼んだぁ?」
自分の名前が聞こえて、かわいい返事をした優奈ちゃん。
彼女は来週いっぱいで、私の隣からいなくなってしまう。
カーテンが開いて現れたかわいい女の子から、私はいろんなことを学ぶ必要があるらしい。
江口先生の言葉を信じるか信じないかは私次第。
その選択において、私は今までの私らしくない決断をしようとしているのかもしれない。
立ち去った江口先生の背中を見送って、私は唇をかみしめた。
そして、かわいい先生を振り返る。
「紗菜ちゃん、今日は具合いい?」
「今日は元気だよー」
「じゃあ、絵本読んで!」
「お安い御用ですよーお嬢さん」
「やったぁ!」
でも、シンデレラが舞踏会に行く前に、絵本の朗読会は急遽中止となる。
「紗菜ちゃん、お客さんが来てるんだけど」
親は、見舞いに行く時は電話をかけると言っていた。
看護師さんに案内されて連れてこられたのは、泣きそうな顔の、懐かしい顔だった。
「紗菜ちゃんのおともだち?」
優奈ちゃんの手前、ぎこちなく肯定したものの、目の前の莉乃の表情は見る見るうちに歪んでいく一方だった。