私の決心
「俺、奥さんと子供を亡くしてからちょっと精神的におかしくなりかけてさ。それを救ってくれたのが、絵を描く事だったんだ。
絵を描いていると、その傍らで二人が一緒に居るように感じるんだ。
だから二人と一緒に旅行へ行って、風景画を描く事が俺の傷を癒してくれていたんだ。でも真砂子が俺の直属の部下になった5年前、あのころから二人を感じなくなってしまったんだ。その理由がずっと分からなかった。そしたらある時気が付いたんだ。お前と同じ時間を過ごす事があまりにも自然に感じる事に。会社で一緒に仕事をしているだけだったのにな。そういう相手が見つかるまで、きっとあいつは俺のそばに寄り添っていたんだろう。でもそれに気が付いた時には目の前に定年が迫っていた。この歳になってあれほど自分が乱されるとは思っていなかった。ああ、自分で動かなきゃって思った。真砂子を手に入れないと、絶対後悔するって思ったんだ。」

たどたどしく紡がれる幸二の言葉。

でも伝わってくるものがある。

胸の奥がじわっとする。

私、こんなに思われていたんだ。

「妻の生まれ変わりなのかと思った。お前には悪いが、妻の身代わりとして見ているのかと思った。」

私は部長の次の言葉を待つ。

「でも年数を重ねて、若い時に妻に求めていたものと今お前に求めているものが違う事に気が付いた。妻には家族として俺に寄り添ってほしかった。お前には…。」
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