薬指の秘密はふたりきりで
でも。無口だけれど仕事ができて、背もそこそこ高くて整った顔立ちの彼は、“将来有望”だと、女子社員たちにとても人気があった。
独身男子社員の中の人気№1で、会社の花でもある受付の神田さんも彼を狙っていて、平凡な私なんて、とても太刀打ちできないと思っていた。
けれど。
クリスマス前のある日。
人生最大の勇気を振り絞って誘った居酒屋の帰りでのこと。
あのとき、ほどよく酔っていたってこともある。
好きで好きでたまらなくて、離れたくなくて。
帰って欲しくなくて。
もっと一緒にいたくて。
『アパートここ?じゃあ、また会社で』
『まって!』
駅に向かう背中を追い掛けて、気付けば、私の手は、彼の腕をしっかりと掴んでいた。
『何?どうしたの』
『あ、あの・・・帰らないで、ください』
『それ・・・どういうこと?』
街灯を背に、頭を傾げる彼のシルエット。
月も暗くて、夜道で見る彼の表情がよく分からなくて、声の感じから“早く帰りたいのに”って、迷惑がってると感じた。
怒ってるとも思えた。
そうだよね、好きでもない子に引きとめられたって、困るだけだもの。
けれど、そんなことを打ち消してしまうほどに膨らみ切った想いは止まらなくて、涙も、止まってくれなくて。
自然に、言葉が出ていた。
『私、長谷川さんが、好きなんです』
『それ、本気?』
一拍の間があったあと、そう言った彼は、一歩で私に近付いて、頬を伝う涙を親指で拭ってくれた。
そのまま両手で私の頬を包み込むようにしてるので、頷くことが出来なくて、胸がいっぱいで喉も詰まってしまって声も出せず、ただ黙って見つめていた。
『じゃあ、俺の彼女になる?』
返事の代わりに目を閉じると、私の唇に、彼のそれが、優しく合わせられた。
想いが叶った瞬間だ。
嬉しくて、ますます涙があふれていた。
『しょっぱいな。部屋で、珈琲飲ませてくれる?』
玄関に入ってすぐ抱き締められて、深いキスをされて――――
その夜は、亮介が情熱的な男だと、はっきり知らされた。
珈琲を飲んだのは、翌朝だった。