薬指の秘密はふたりきりで
そう。あれは、まだ入社したばかりのあの時。
営業、物流管理、システム開発、3課合同でお花見会をした時のことだ。
私はまだ入社したばかりで緊張してて、社員みんなのとこを回ってお弁当を配ってるとき、飲みかけの缶ビールがあることに気付かず、足に引っ掛けて倒してしまった。
半分以上残っていたそれはトクトクと零れて、その場にいた人、亮介のスーツを濡らしてしまっていた。
『ごめんなさい、ごめんなさい。クリーニング代を払います』
半泣きで平謝りしながら、急いでハンカチで拭く私の手を見て『へえ、あんたの手、綺麗だな』って、亮介が言ったんだっけ。
意外な言葉に驚いて見上げると、汚してしまったことに対して怒るでもなく、かといって許すでもなく、ただ、私の手をじっと見てる彼がいた。
ライトアップされた桜の花びらがチラチラ舞う中、私の方は、彼の瞳に見惚れてしまっていた。
なんて、清んだ目をしてるんだろう――――
『あ、俺はシステム開発課の長谷川亮介。あんた、名前は?』
『物流管理課に入ったばかりの、佐倉彩乃です』
『新入社員か。よろしく』
『はい。よろしくお願いします』
その後、クリーニング代は払わなくていいからと、何故か彼の隣に座らされて、お花見会が終わるまでシステム開発課の人に囲まれて過ごした。
隣に座らせたくせに、彼は、私に話しかけるでもなく、気にする様子もなくて。
お弁当を食べながらも、なんとも居心地が悪かったのを覚えている。
でも、却ってそれが印象深くて、その日から、私の頭の中に亮介が居座り始めたのだ。
最初は、“気になる先輩社員”それだけだったのに、社員食堂、廊下、給湯室、姿を見かけるたび、会話を交わすたび、どんどん惹かれていく自分に気がついた。