どうぞ、ここで恋に落ちて

わ、私が落ち込んでどうするの!


もしかしたら伊瀬さんや咲さんが同じ番組を見ていたかもしれない。

そうでなくても、最近テレビで話題になるほどの小説なら、誰かがヒントになるようなことを知っているかもしれないし。

とにかく私がここで一緒になって肩を落としている場合じゃないんだ。


「やっぱり諦めようかね。題名も作者も覚えていないし……」


眉を下げて力なく笑う男性はそう言って今にも帰ってしまいそうで、私はグッと両手を握ると、彼を見上げる視線に力を込めた。


「あの、少々お待ちいただけますか? 今、他の者にも聞いて……わっ!」


咲さんのいるレジの方へ向かおうと勢いよく振り返る。

すると、いつの間にか私の後ろに立っていた人のスーツの胸元にぶつかって、ただでさえ低い鼻がぺしゃんこに押しつぶされた。


ふらりとよろけた身体を支えた腕は優しかったけれど、もう私に触れることを躊躇いはしない。


「一昨日の夜の、バラエティー番組で紹介された本ですか? 男子高校生が主人公の、少し古い推理小説だったかと」
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