どうぞ、ここで恋に落ちて
15.すれ違いのプレリュード
平日のお昼、時折開く入口から柔らかな日の光が差し、静かな店内に街の喧騒がほんの少し流れ込む。
その瞬間以外は低く漂う空気の間に本たちの囁きさえ聞こえてきそうで、いつもなら常備の本を探して入れ替える作業だけでも幸せな気持ちになれる至福の時間だ。
でも今は頭の中にすずか先生や樋泉さんの顔が浮かんでは消え、どうにもできないことだってわかってるのに、企画に対する正体の見えない焦りが胸をザワザワと撫で上げる。
一期書店を気に入ってくださってるお客様に、がっかりされないだろうか。
やっぱり、派手でおもしろくて力もあるのは小夏書房のほうだって。
比べても仕方のないことだし、私は私にできることをするだけだってわかってる……。
だけど、私にできることってなんだっけ。
そうなふうに上の空の状態だった私は、初老の男性に「ある本を探している」と声をかけられても、とっさに反応できずにいた。
「一昨日の夜にテレビで紹介していたんだよ、高校生の男の子が主人公だったと思うんだけどね」
「えっと……なんていう題名の小説だったか、覚えていらっしゃいませんか?」
「それを覚えていたらわざわざ聞いたりしないよ」
「そ、そうですよね。すみません」
つい肩を丸めてシュンとすると、男性が白髪の混じった髪を撫でつけて諦めるように小さな息を吐く。
私はその様子にハッとして慌てて背筋をピンと伸ばした。