どうぞ、ここで恋に落ちて

瞬きも忘れるほど驚いて固まる私に、樋泉さんが優しく微笑んだ。

前髪をかき分け、おでこにそっとキスをする。


「喜んでくれてる?」


アーモンド型の双眸に覗き込まれて、私はコクコクと必死に頷いた。


「あ、あの、どこでこれを……」

「ちょっと人伝てにね。それより実は、これを古都にあげるにはひとつだけ条件があるんだ」


私が混乱するのを見てニコニコと笑いながら、樋泉さんは私の髪に手を伸ばす。

身を寄せ、ボブの毛先をくすぐるように指に絡め、その手を頬に滑らせて私を上向かせる。


「俺のこと、そろそろ名前で呼んでほしいな」

「な、名前で?」


私は動きの鈍っている頭を回転させながら、いたずらっ子のような表情をする樋泉さんを見上げた。


「いつになったら呼んでくれるかなあって、期待してたんだけどやっぱり待てないから。等価交換だよ」

「と、等価って……」


今まで彼を名前で呼んでいなかったのは、ただきっかけを掴めなかっただけだ。

そんなの、等価でも何でもないのに。


「ほら、早く。早くしないとプレゼントはナシにしちゃうよ」


待ちきれないというように急かしながら、樋泉さんが旧訳版の『砂糖とスパイス』を片手で持って視界の隅にチラつかせる。
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