どうぞ、ここで恋に落ちて



* * *



「ちゃんと美味しそうに焼けるかなあ」


煮込んだホワイトソースを耐熱皿に流し込み、チーズをのせ、ふたりで料理をするようになってから買ったオーブンに入れる。

読書の他にも料理や映画鑑賞など、共通の趣味があるのは嬉しい。

すんなりと互いのこだわりを受け入れられる。

古都はキッチン用品にこだわりのある性格で、俺がオーブンを買いたいと言ったときもかなり乗り気でいろいろなメーカーのものを提案してきた。

一方俺は調理から片付けまでの手順に自分なりのこだわりがあって、毎回最後にはシンクの排水口の奥まで洗わないと気が済まない。

そんなわけで、古都はグラタンを焼いているオーブンをうっとりと見つめ、俺は調理に使った鍋や包丁をせっせと洗っていた。


「古都さ」

「うん」


何気ない口調で話しかけ、流しっぱなしにしていた水を止める。

オーブンに夢中な古都を横目に確認し、洗い終わった鍋を拭いて棚の中に戻す。


「俺と結婚しよっか」


イメージ通りにその言葉を告げることができ、俺は心の中で自分を讃えた。

今日は一日中、古都の帰りを待ちながら予行練習をしていたのだ。

タイミングもセリフも吟味し、言葉に詰まったり噛んだり顔が赤くなったりしないように、なるべく簡潔にスマートに伝えるための計画を何度も練り直した。

結果、趣味の料理をこなして心を落ち着け、いつも通りのルーティンに組み込んでしまうのがいちばんだと考えた。


やればできる。

俺だってやればできるじゃないか!


俺はちゃんと言葉にできた達成感と彼女の返事を待つ緊張感を一度深呼吸で抑え、オーブンの前に立つ彼女のほうへくるりと身体を向ける。

しかし、そんな俺の高揚感は一気に地に叩きつけられた。

オーブンの中を覗き込む姿勢のまま、古都がピシリと固まっている。

大きな瞳からははらはらと涙が零れ落ち、丸い頬を伝っていた。
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