どうぞ、ここで恋に落ちて

11.きみだけには、どうしても






私の胸は火傷のあとのようにヒリヒリと痛むのに、それからの樋泉さんは終始ご機嫌だった。

なんだか、なかなか心を開かない猫に懐かれた気分。


ランチの後は春町駅から徒歩で少しずつ移動して、小さな古本屋や専門店を案内してもらい、駅裏にある大型書店『小夏書房』にも足を運んだ。

樋泉さんはそれぞれの書店の特徴をほんの少しだけ説明したあと、その紹介に興味をそそられてウズウズする私に「お店の人にあいさつしてくるから自由に見て回っていいよ」と言ってくれて、私は思う存分棚の間を歩き回った。

商品である本そのものはもちろんのこと、品揃えや棚の作り方やPOPの置き方、どの本をどこの棚にどんなふうに並べているかまでついついじっくり観察してしまう。

あまりに熱中して時間を忘れてしまうから、ハッと気づいたときにはいつも、少し離れたところで棚を眺めながら樋泉さんがさりげなく私を待っている。

私がそれを謝ると、彼は優しく微笑んで、今度は私の隣に寄り添ってゆっくりと店内をまわっていく。


ミエル文庫の棚でひとつひとつ商品を手に取り悩んでいるお客様を偶然見かけたときは、ふたりで静かに目を合わせて頬を緩ませ、そっとその場を離れた。


書店を出て街の喧騒に引き戻されるたびに、日が傾き、一日が暮れていくことを思い出させる。

こうして樋泉さんと並んで外を歩くことなんて、もう二度とないのかもしれないということも。
< 92 / 226 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop