暗闇と炎
プロローグ
暗闇と炎

プロローグ

突然生まれた存在は、
どう有るべきのかを問う。

どんなに考えてもその答はでないが、
正解か、不正解か、
それを知らなければならないだろう。

ならば、スタートラインまで導びこう。





「金田くん、これ少し間違いがあった
すまないが直しておいてくれ。」

「りょーかいです!」

金田は社内では一番仲がいい。
だが少し馴れ馴れしいな…冗談混じりに男は思った。

デスクには写真。

…今日は早く上がれそうだな…
男は腕時計を見ながら静かに微笑んだ。

「部長、今日これから暇スか?」

「ああ、暇だが…」

「飯行きましょうよ!!
おいしいとこ知ってんです!!」

「……ああ。久しぶりだしな。」

心の奥で何かが軋む音がした…?

男は金田がおすすめしている
居酒屋に向かった。

「部長!最近おれどうすかねぇ?
仕事も慣れてきたしお役に立ててますか?!」

金田は本当に騒がしい。
だがこの騒がしさは妙に心地いいな。

「まぁ、いいと思うが。」

男は一口酒を飲んだ。

自分の気持ちを相手に伝えるのは苦手だ。

「部長…俺のこと一度もはっきり褒めてくれたことないですね…。」

金田は少しすねたようにグビッと酒を飲んだ。
少し驚いた。
自分では金田はとても
いい部下だと思っているし、
金田が仕事で成功したときは、
よくやった、としっかりと
伝えているつもりだったからだ。
こんなにも気持ちが伝わっていないのか…

「嘘ですよ!部長が口べたなのおれよーく知ってますから!」

金田は無邪気に笑った。

「…それは良かったよ。」

二人はもう一口酒を飲んだ。

「でも、伝えるってことは大切ですよ。
部長。いつも傍にいてくれている
人にこそ、言葉が必要なんですよ…。」

酒を飲んでいるせいか、
金田は急に真面目な声で言った。

「…金田、お前誰か大切な…」

「俺、昔、猫を飼っていたんですよ。
それまで動物は嫌いだったんですがね…
就職に何度も失敗していてその日も
暗い道を一人で歩いました。
一緒に昔はしゃいでたやつらはみんな
働いていて俺だけ取り残されている気がして
いて、何もかも嫌になってたとき
近所に猫がいたんです。
その猫、いつも喧嘩に負けてて
俺んちの塀の陰で休んでいたんですよ。」

「最初は軽い気持ちでした。
きっと自分と似ていたからでしょうね…
飼ってみようかなって思ったんです。
家の中に入れて餌をあげているうちに
どんどんなつきました。
男と猫一匹ってどんな孤独な生活だよ
ってそう思うかもしれませんけど
ドアを開けるとお帰りって
みつめてくれるそいつに
俺は何度も助けられました。」

「でも、慣れって怖いですね…
だんだんそいつといるのが当たり前になって
構わなくなって…
適当に飼うようになりました。
だから…」

そこで、金田は一度止まった。

先が言えないといった様子だった。

「だから…重い病気が進んでることも
全然気がつかなかった。
……ある日家に帰ると
いつも座ってる場所にそいつが
寝ているんです。寝てると思ったんです。
撫でたとき、吐き気がしました。
冷たいんです。信じられないくらいに。」

机に滴がポタポタと落ちた。

「いまでも考えます。
どんなに孤独な最期を過ごしたのかなって

いつでも耳に響きます。
優しいあいつの声を、手には感触を…

もっと傍にいられただろうって
できることがあっただろうって

俺を助けてくれたそいつを
俺は裏切ったんです。
その罪は消えません。」

「だから…もし言葉で伝えられることが
あるのなら…伝えるべきです。
絶対に、そうするべきです。

そう…思いませんか?」

「ああ。そうだろうな。
明日も仕事だ。帰るぞ」

そう言って男は金田の背中を数回叩いた。

外に出ると、月が夜道を照らした。

いつか誰かがこんなことを言っていた。

゙闇は光を隠すが、光も闇を隠す
光が照らしているのは
闇かもしれないのだ。"

まさに、
月が照らしているのは闇かもしれない。

男はどこかでそう思った。

そして、金田の言葉が消えない。
愛する人達……
感謝も言葉で伝えないとな。

男は、やはり何かが軋む音を聞いた。
それはだんだん大きくなって
崩れ落ちたのは翌日のことだった。
やがて男の心も軋みはじめた。
すべてが遅すぎたのだ。
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