卯月の恋
木曜日、玲音はこなかった。
私は初めて玲音に料理を作った日と同じ、カレーを煮込みながら、玲音が来るのを待った。


七時を過ぎても玲音は来なくて、八時になっても来なくて、九時になった時、思いきって玲音の部屋をノックした。


木曜日は一緒にご飯食べよう、って約束したから。

理由はそれだけ。

私と玲音の間にあるのは、そんな約束だけだけど。


隣の人って言われたことも、他に女の人がいることも、最初から分かっていたこと。
それでも好きになったのは、私の勝手だから、いちいち傷付いたりしない。
そう自分に言い聞かせて、玲音が来たら、いつも通りに笑うって決めた。
そして、いつも通り、心を込めて、カレーを煮込んだ。
ぐつぐつ煮える黄色い鍋を見ながら、魔女のスープみたいだなぁ、なんて思って、玲音が私を好きになる魔法のスープだったらいいなぁ、なんてふと思ったりもした。


だけど、いくらノックしても、いくらチャイムを鳴らしても、玲音は出てこなかった。



ドアはまるで部外者の侵入を一切許さないとでも言いたげに、物音ひとつしなかった。

なんだか胸がざわざわした。

嫌な予感。
一言で表すならそれ。

私はそっとドアに手をかけて、ひいてみた。


部屋の中は空っぽだった。


ダブルサイズのベッドも、シルバーのラックも、白いソファも、なにもかも消えていた。


玲音が消えた。




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