常務サマ。この恋、業務違反です
午後になって私の面会に訪れた加瀬君は、全く進捗のない私の報告を聞いて、難しい顔をして溜め息をついた。


「胃袋掴んで魅了しましょう作戦は、不発だった?」

「そういう言い方しないでくれる? 不発というか……。なんかすごく卑怯な気がして来て」

「他社に潜入した産業スパイが、卑怯とか気にしなくていいと思うけど?」


総合受付の片隅のソファで加瀬君と並んで座って場を憚る会話をしながら、その言葉を聞いてムッとして顔を上げた。


「実際に高遠さんを騙してるのは私なんだよ。気分いい訳ないじゃない」

「……そうだよな、ごめん」


加瀬君の言葉が途切れるのが怖くて、私は必死に次の言葉を探した。


「でも! 最近は外出にも同行させてくれる。ほとんど一日中一緒にいるし、私に心を許してくれてるのは感じるから」


思い付いた言葉を深く考えずにそのまま口にした。
隣から、加瀬君が黙って私を見つめているのがわかる。


「だから……もう騙すつもりで行動しなくても……」

「お前さ。……自分がどうしてここにいるか、ちゃんと自覚してる?」

「え?」


加瀬君らしくない冷たい言い方に、心のどこかで怯んだ。
戸惑って聞き返すと、加瀬君は険しい顔をしたままジッと私を見つめ返して来る。


「いや、……そもそも俺のせいだし、相当煽ったし、それは申し訳ないって思ってる。
だけどさ。なんか、葛城は自分の任務忘れてる気がする」


冷静に言い含めるように呟かれて、私はただ言葉を失った。


「立派な秘書になる為じゃない。高遠さんに気に入られる為でもない。
葛城が背負った任務は『スタッフが長続きしない理由を探る』こと。
前代未聞のことしでかしてるんだし、そこんとこちゃんと意識しておいてくれないと」

「そ、そんなの、わかってるよ!」

「本当に? 俺が聞きたいのは、『高遠さんはいい人だ』とか、『親近感持てる』なんて感想じゃないんだけど」


加瀬君が畳み掛ける言葉に、私はただ俯いた。
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