常務サマ。この恋、業務違反です
オフィスを出て一度は駅に向かった。
それでも真っ直ぐ帰る気になれなくて、目に止まったカフェに立ち寄った。
コーヒーを飲みながらぼんやりと過ごして、その間もずっと高遠さんのことばかりを考えていた。


気付くと、時計の針はもう九時を示していた。
この時間ならきっと高遠さんも執務室に戻ってるだろうか。


ビルを眺めたまま、私はギュッと手を握り締めた。


このまま帰って明日いつも通り出社しても、高遠さんは今日のように私を避けようとするだろう。
もしかしたら明日だけじゃなく、しばらくずっと私と顔を合わせようとしないかもしれない。
そうやって時間が記憶を風化させてくれるのを待とうとしている。そんな気がした。


高遠さんがそのつもりなら、そうすることが正解なのかもしれない。


私だっていい大人だもの。
衝動任せの行動を本気と捉えようなんて思わないし、何もなかったように振舞うのは難しいことじゃない。
本当に高遠さんが私を避け続けるつもりでいるのなら、私だって割り切るべきだ、と思う。


それに納得出来ないのは、確かに私の耳に届いたあの一言のせいだ。


今、どんな顔してる? 何を考えている?
私にしたことを記憶から抹消しようとしてるのかな。


そうやって……。


あの一言も、うやむやにするつもりなのかな?


脳裏に過った自分の考えに、私はキュッと唇を噛んだ。
そうして、ビルを眺めたまま身体の向きをクルッと変える。
大きく一歩踏み出した後、水溜りの雨水がスカートに撥ね上がるのも気にせずに、勢い良く駆け出した。
< 134 / 204 >

この作品をシェア

pagetop