常務サマ。この恋、業務違反です
「ああ、このままで結構です。後三十分は寝かしてやって下さい」

「え?」


その言葉に驚いて踏み出した足を止めると、人事部長は微妙に足を忍ばせて、書類の山が出来ている高遠さんのデスクの前に立った。
側面に『決裁』と書かれた黒いボックスを引っ張り出して、そこに自分が持って来た書類を入れると、妙に優しい視線を高遠さんに向けてから、スッと目を細めて私を見遣った。


「部長は昼も夜もなくお忙しい方ですから。纏まった睡眠がとれる時間は、邪魔しないでやって下さい」

「ひ……」


昼も夜も、って!?
そう聞き返そうとした私に軽く一礼して、人事部長は足音を忍ばせたままドアに向かって行く。
そして、静かにドアを閉めて出て行ってしまった。


「……ちょっと過保護なんじゃないの……?」


眠り続ける上司と二人きりで執務室に取り残されて、私は思わずそう呟いていた。


昼の忙しさはともかく、『夜』の心配まで。
その上始業時間を過ぎても寝こけているエグゼクティブに対して、甘過ぎなんじゃ。


そんな気持ちで思わず首を傾げた時、小さな含み笑いが聞こえて、私はハッとしてソファを見遣った。


「変な邪推してるんだろ」


そんな言葉を発しながら、高遠さんがゆっくり身体を起こしていた。


「お、起きてたんですかっ!?」


焦って上げた声は、さっき以上に裏返っていた。
高遠さんは髪を掻き上げて小さな欠伸をしながら、うん、と頷く。


「佐藤さんの声、うるさいから」


起き抜けで無防備なままのそんな仕草に目を奪われながら、高遠さんの返事にホッとした。


良かった。人事部長が来た時からなら、私が高遠さんの寝顔をジロジロ見ていことは気付かれていないはず。


「佐藤さんが言った『昼も夜も』っていうのは、本当に仕事が忙しいって意味だから」


私の視線を受けながら、高遠さんはシレッとそう言った。
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