会社で恋しちゃダメですか?


「池山さん、部屋来て」
そのとき、出社した山科が声をかけてきた。鞄を脇にかかえて、颯爽と歩きながら、園子にちらりと視線を送る。


「はっ、はい」
園子は立ち上がって、ぱたぱたと小走りで山科の部屋へ向かった。


部屋にはいると、早速仕事モード全開の山科が「広報について打ち合わせたいから、資料をそろえて広報部に連絡して。時間は今日の三時以降がいい」と仕事を頼み始める。


「はい」
園子は頷きながらも、つい先週おこった出来事に頭を取られている。


この部屋で。
あの床に座り込んで。


「池山さん?」
山科が不思議そうな声を出した。


「あ、すいません」
そう言いながらも、視線は山科の唇に向かってしまう。


あの唇が、わたしの……。


「池山さん」
山科が手の平で園子を招く。


園子は素直に山科の側に寄った。


「今日、ぼんやりだね。どうしたの?」
山科がほおづえをついて、訊ねる。


「はあ、すみません」
園子は謝りながら、やっぱり『忘れろ』ってことなのかしら、と考える。
それとも思いが募りすぎて、勝手な夢を見た、とか。


「ちょっと」
再度、山科が手招きする。


園子はもう一歩山科に近づく。


「もっと」
手招きするので、園子は身をかがめて、山科に近づいた。


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