会社で恋しちゃダメですか?


「園子」
「なに?」


ポットを洗いながら、園子は聞き返した。


「こんどさ、よかったら……」
朋生がそう言いかけたとたん「池山さんっ」と廊下から名前を呼ばれた。


「はい?」
ひょいっと廊下に顔を出すと、広報部の石野係長が顔を輝かせて立っていた。


「先週の土曜日、部長と銀座にいた?」


園子は思わず「えっ」と声をあげてしまった。


「なんだか二人とも、すっごく素敵な格好して、腕を組んで歩いてたでしょう?」
「えっと……」
園子は口ごもる。見られていただなんて、思いもしなかった。


「部長とデート?」
石野は人のうわさ話が大好きという感じで、少しふっくらしたほっぺにえくぼを浮かべ、訊ねて来た。


「ち、違うんです」
「見間違いなわけないとおもうんだけどなあ」
「でも、そうじゃなくて」
園子は汗をかいて、必死に説明しようとしたが、うまく口が回らない。


「仕事なんです」
「またまたあ」
石野はそう言うと「秘密にしておくよ」というように、口に手をあてて笑いながら去っていった。


石野が見えなくなると、園子はふうと溜息をついた。TSUBAKIのパーティに行ったとは、とても言えない。加えて……おそるおそる後ろを振り向くと、朋生が考え込むような表情で、空を見つめていた。


「山本くん、本当に仕事だったの」
「……そうなの?」
「うん、そう」
園子はフォローしながら、自分の気持ちを考える。ドレスを着せられて、山科の腕に手をかけたときの、高揚感。あれは本当に仕事だったんだろうか。


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