彼があたしを抱くとき
母の呼びかけに、薄暗い奥座敷から、青白く、白髪で顔にシミの浮きでた祖母が、でてきた。
「こんにちは」
あたしはつとめて明るい声をだしたが、この家には気が重い。
「おや、どなたでしょうね」
祖母の声は、つんとすましたものだった。
「あたしゃ、忘れちまったね。ひゃひゃひゃ」
この老婆特有の奇妙な声で笑った時の祖母の顔が忘れられない。
ゆがんだほおから、今にも肉がそげ落ちるかと見えるほどに、深いしわがきざまれた。
母は、手みやげを縁先に黙って置き、頭を下げた。
私も同じようにする。
無言のまま立ち去るとあたしの背後で、戸を閉める音が響く。
涙のあとをアスファルトの道に、点々と黒くしるべのようにつけていく母の後を、
一歩一歩、祖母のぶよぶよした老いた腹や胸をふみつけるように歩いた。