彼があたしを抱くとき

あわてたあたしが、コートをひっかけて、外へ行くと、海岸通りを寝間着のたもとを風にひらつかせながら、母が歩いていく。

裸足の姿は“狂女”を思わせ、ぞっと身振いがした。

母は狂ってしまうかもしれない。

暗黒の予兆が走りぬける。

「どこへ行くつもりよ」

十一月中ばの風はつめたかった。

母の後に追いつく頃には、ガチガチと歯の根が鳴って手足の温度が冷えていくのが、はっきりとわかる。


< 340 / 363 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop