聖夜の忘れ形見
見えない気持ち
「虎太郎さん」


「どうした、静(しずか)」


自宅に帰った虎太郎の元に、従兄妹の京華院(けいかいん)静がやって来た


「………今まで…あの子のところにいらっしゃったのですか?」


「そうだよ」


みるみるうちに、静の表情が曇る

髪は烏の濡れ羽色で、雪白の肌に赤椿のような唇

美人を絵に描いたような静は、幼い頃から虎太郎のことが好きだった


『コタちゃん、おっきくなったら静のことお嫁さんにしてね』


『ああ、約束だ』


6歳年上の虎太郎は、ことあるごとに結婚の約束を取り付けようとする静を邪険にせず、笑顔でそう約束してくれた

それなのに、気が付けば『許嫁』が居るからと言われ、学習院に通う静に『小夜のことを頼む』とまで言い始めたのだ


「………結婚…」


「結婚?」


「父が、見合いをしろと…」


「そうか。よかったじゃないか」


満面の笑みで喜ぶ虎太郎に、静の感情が高まる


「…なぜ───」


「ん?」


「なぜ、そんなに嬉しそうなお顔で笑われるのですか!」


「喜ばしいことじゃないか。何を怒ってるんだ」


慶事を喜ぶことの何が腹立たしいのか

静の想いに気付いていない虎太郎には理解が出来ない
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