君のとなりに
* * *

 何事もなく2週間が過ぎた。近付きすぎず、遠すぎない距離で何となく降谷には目をかけてもらっているような気がする。
 バイトを終え、いつも通りの挨拶を済ませて帰宅した。部屋のドアを閉めてスマートフォンを見つめると、ラインの通知が来ていた。

「…っ…。」

 忘れられない名前から、衝撃的な一文が綴られていた。
 身体が震えた。声が出なかった。戻れるなんて思っていない。そんな甘えはなかったはずなのに、ぼろぼろと零れ落ちる涙の理由がわからない。…わからないなんて嘘だ。
 スマートフォンと財布をもって、外に飛び出した。ぽつぽつと降り出した雨の粒が大きくなってきて服にシミを作ったが、そんなのは気にならないくらいに今は一人でいたくなかった。きっとこんな甘えを許してくれる人はもう自分にはいないのだろう。それでも、泣いてすがりたい人がいた。

「…降谷…さん…。」

 ずぶ濡れでたどり着いた、バイト先。戻ってきたと言った方が正しいかもしれない。降谷よりも自分は早く出た。降谷のシフトは覚えていないが、昼間から入っていたことを考えれば長くてもあと1時間くらいだろう。
 前に乗った車の傍まで来た。その車に背をつけて、雨が降りしきる中を待つ。

(…怒られるかな、降谷さんにも。…椿ちゃんにも。)

 涙なのか雨なのか、もうよくわからない。ただあの画面を思い出せば涙が溢れてくるのは確かだ。

 もう戻れない、手を離してしまった人。もう一度、笑ってもいい場所をくれた人。全ての優しさを奪ってしまった代わりに、解放してあげた人。解放したのは自分なのに、まだ想っていてほしいなんて、そんなことを思っていた自分に嫌気がさす。
< 14 / 30 >

この作品をシェア

pagetop