君のとなりに
* * *

「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております。」
「…あの、これ連絡先です。」
「…あぁ、ありがとうございます。」

 いつものことだ。このメモに連絡することはないけれど、それでも渡したいというのだから仕方がない。そんなことを思っている桜の目の前に、大きな壁が立ちはだかった。

「…お客様、大変申し訳ございません。当店では、従業員がお客様の個人情報を受け取ることを許可しておりません。」

 降谷の鋭い目が一度だけ桜の方を向いた。そして客の手から連絡先の書かれたメモを抜き取った。

「返却致します。」

 文句など言わせない、冷たい態度。そんな姿に桜は息を飲んだ。
 客がいなくなり、カウンターに残されたのは桜と降谷だけだった。

「…怒ってる。」
「怒ってはいない。怒る理由がない。ただ、従業員に許可できないと思っただけだ。」

 降谷がこっちを見ない。それは、何故だか妙に桜を不安にさせた。真っ直ぐに目を見て話す人なのに。

「…降谷さん。」
「何?」
「…あたしが従業員じゃなくても、止めてくれた?」

 バカな質問だ。今までこんな面倒くさい女がするみたいな質問をしたことはない。それなのに、降谷にはしてしまう。その先の答えに期待してしまう。

「…多分、止めた。そういうの嫌い。」

 きっとここで働いている誰にも聞こえてないくらいの声で、降谷はそう言った。顔を上げられなくなったのは、桜の方だった。

「…ありがとう。」

 降谷に聞こえたかどうかはわからない。こんなに素直な気持ちで他人に対して「ありがとう」なんて言ったのはいつぶりなのだろう。
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