サイレント

three

朝目が覚めて一階へと降りていくと母が台所に立って料理をしていた。

一はその背中に声もかけずにそのまま洗面所へと向かった。
冷水で顔を洗い、鏡の中の自分を見つめる。

ハーフだと言わなければ完全に日本人にしか見えない顔。

伸びすぎた前髪が目にかかってうざったい。

昨日の夜のことを思い出す。何故あんなことを言えたんだろう。
ただ樹里の口から「よかった」だなんて言葉を聞きたくなかった。

それが樹里の本音かどうかなんて関係ない。
樹里にだけはそんなありきたりな反応をして欲しくなかったのだ。

制服に着替えて食卓につく。野菜と肉を何種類かのスパイスで味をつけて炒めたものと、ロールパン、牛乳が並ぶテーブルの隅にくしゃくしゃになった離婚届が転がっていた。

「お母さん、書かないカラね。お父さんに言っておいテ」

相変わらず台所に立って何かを作っている母は一に背を向けたままそう呟いた。

「……自分で言えば?」

「……イジワル。知ってルヨ。ハジメは私の味方、したくナイ。お父さんの味方ばっかり」

拗ねたように言う母の被害妄想に付き合う気にもなれず一は否定も肯定もしなかった。

樹里の作る料理とは全く違う味付けの朝食を口に運ぶ。弟は眠たそうな顔でランドセルに教科書を詰め込んでいた。

母が帰って来たからか弟の表情は眠たそうだけれどどこか嬉しげに輝いているようだった。
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