君を好きな理由
「私はそこまで言わないけれど、それは立派な苛めよー?」

「でも……」

「個人的な愚痴なら聞くわよ。文句も聞くし」

本をバックにしまっていると、きりっと真面目な顔をして詰め寄られた。

「どうして水瀬さんなんですか? お付き合い始めたからには、お聞きになったのでしょう?」

聞いたけどね。

「教えてくれなかったわよ」

「一言で済めば、苦労しないでしょうし」

低い声に観月さんは飛び上がり、私は私で慌てて視線を上げた。

不機嫌そうな、面白いものを見たような、困ったような複雑な顔の葛西さん。


「立ち聞きって、行儀悪いわよ」

「こんなところで立ち話されている方が悪いです。でも、はるかさんは普通にお話されるんですねぇ」

視線が観月さんに移り、私も観月さんを見る。

「だって、私は嫌いじゃないもの」

「はるかさんの中には好きか嫌いかしかないんですか……」

「や。そういう事もないけど、えーと……」

困ったな。どこから聞いていたかな。

葛西さんは溜め息をついて、軽く首を振った。

「そういう平等な所もいいですが、ほどほどになさって下さいね」

……珍しい。

今、空気読んだよ、この人。

ぼんやりしていたら、葛西さんが観月さんを見下ろした。

「観月さん」

「は、はい!」

「お疲れ様です」

「お疲れ様です!」

言うなり、葛西さんは私の腕を掴んで歩きだす。


つかつかと、けっこうな距離を歩いたけど無言。


不機嫌そうな顔はしてないけれど、葛西さんのポーカーフェイスは完璧過ぎて先が読めない。

そもそも、予想の斜め先45度くらいに意図がありそうな人の顔色なんて、読んでも仕方がないかもしれないけど。

その他大勢なら放っておくところだけど、そんな訳にいかないから……

「はるかさん」

「ん?」

ここにきて初めて視線が合う。

「はるかって呼んでもいいですか?」

「いいですかも何も、かなり前から名前で呼んでいるじゃないの」

「呼び捨てはまだです」

「……好きに呼べば良いじゃない」

「では、俺のことは博哉と」

「なんで?」

「相談役も、社長も、専務も、果ては人事の一般職にいる従兄弟も葛西さんだからです」

「…………」

レッツ親族経営だからね、この会社。

なんて言うか、解りやすいっていうのか、言わないのか……

「別に理由は“呼んで欲しいから”でいいじゃないの。妙に理由をつけなくても」

「ではそのように。ところでハルカ」

若干“はるか”の部分が緊張して聞こえたけれど、そこは聞き流しましょう。

「キスしてもいいですか?」

「駄目に決まってるでしょ! 何をいきなり言い始めるのこんな道端で。公衆の面前よ、公共の場所! そういうのはもっと若いカップルに任せなさいよ」

「さすがに慌てましたか」


冷静に分析しないで欲しいから。


「……今日のご飯はどこに食べにいくの?」

「うちの実家に」

「冗談よね」

「これはすぐにばれましたか」

「…………」


もしかして、これは彼なりのいちゃつき行為なんだろうか。

どうして急に?

さっきまでむしろ無言で……
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