アブラカタブラ!
「名古屋あ、名古屋でえす」
 アナウンスが流れると同時に、トンネルに電車が入った。
わたしの手を握る息子の力が突如強くなった。

「パパ、パパ」
 小声で呼びかけてくる。

腰をかがめて耳を近づけると
「じごくだね、じごくにはいったんだね。ママがいった。じごくはくらいんだって」
 と、怯えた声を出す。

無理もない。地下を通る電車は初めての経験なのだ。
人一倍怖がりの息子は、いきなり暗闇に放り込まれてパニックになったのだろう。

「大丈夫、すぐに明るくなるから」
 告げた途端に、明るいホームに滑り込んだ。
しかし息子の手の力は弱まらない。

「パパ。ひとがいっぱいいるね」
 名古屋駅に降り立った息子の第一声だ。
嬉々としてエスカレーターに乗った息子だったが、その人混みに圧倒されて抱っこをせがんできた。

 久しぶりの名古屋だ。
東山動植物園には、確か父親に連れてこられた記憶がある。
ひょっとして、息子ぐらいの年齢だったかもしれない。

 地下鉄東山線で、東山駅で降りると良いと聞かされた。
通路を見渡し、標示灯の中に見つけた。
不安げに見上げている息子に「さあ、行くぞ」と、笑いかけた。
< 4 / 10 >

この作品をシェア

pagetop